12月22日

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 役所の担当者は、意外にも親切だった。ある程度話をして小銭がない旨を伝えると、取りあえず役所に来るように言われ、行き方も丁寧に指示してくれた。  瑞希は電話を切ると、電話ボックスを出た。取りあえず話を聞いてもらえてよかったとほっとしつつ、指示されたとおり坂道を上ろうと(きびす)を返しかけた、その時だった。  駅の階段を足早に下りてくる、金髪の若い男の姿が目に入ったのだ。首に巻き付けた金の鎖が、男が階段を一段降りるたびに日の光を反射してキラキラ光っている。それは紛れもなく、瑞希がよく知っているあの男だった。  瑞希は目を息をのんだ。男の方は殺気だった表情で辺りを()め回していたが、瑞希を見つけるとその瞳にますます鋭い殺気をたたえ、さらに足を速めて階段を下りてくる。  瑞希は弾かれたように走り出した。坂道を、全速力で駆け上がる。だが、ヒールの高いフェラガモの靴では速く走れない。瑞希はやおら靴を脱ぎ捨てると、ストッキングも履いていない裸足の足で走り始めた。小石が足裏に食い込み、鋭い痛みが走る。だが、そんなことを気にかけている余裕はない。恐らく、つかまれば、待っているのはシャブ漬けか、死か……とにかく、逃げるしかなかった。  だが、男の足は速かった。あっという間に裸足で走る瑞希に追いつくと、その腕をつかんでねじり上げた。 「痛っ……!」  瑞希が思わず声を上げると、男は息を切らしながらドスの利いた低い声で言った。 「捜したぜ、このクソ女」  瑞希はぜいぜいと息を切らしながらも、横目で男をにらみ付けた。 「どうしてあんた、ここが……」 「甘いんだよ。おまえのコートにはGPS発信器がついてる。シャブのことを警察にたれ込まれたらヤバいからな。おまえの行動は、ずっと監視してたんだよ」  この男が、秋葉で怪しい機械を買うのを趣味の一つにしていたことを思いだした瑞希は、思わず身震いした。 「さあて、帰るぞ」  男は瑞希の腕をわしづかみにすると、駅の方にぐいぐい引っ張り始めた。瑞希は抗えようもなく引きずられていく。男は途中で、瑞希が脱ぎ捨てたフェラガモの靴を拾うと、瑞希に履くように促した。裸足の女を引きずっていては、周りの人間に怪しまれるからだろう。瑞希は男をにらみ付けながら靴に血だらけの足を入れた。  駅の階段を上りきり、男は片手で瑞希の腕をつかんだまま、瑞希の分の切符を買おうとカードを取り出して券売機に突っ込んだ。最寄り駅までの運賃を確かめようと顔を上げる。一瞬、男の注意が瑞希からそれた。  その瞬間を、瑞希は見逃さなかった。男の手を振り払い、先ほどの出口とは反対方向に向かって、瑞希は走り始めた。男は追いかけようとしたが、券売機に挿入したカードを取り出すのに手間取り、出足が遅れた。  その間に瑞希は階段を駆け下り、紺野の家のあった方に向かって走り始める。  ちらっと後ろを振り返ると、男が駅の階段を下りてくるのが見えた。瑞希にはもう、方向なんて考えている余裕はなかった。ただ、もう無我夢中で、走れる方に走るしかなかった。
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