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自由通路を行き交う人が、すれ違いざまにちらちらと抱き合う二人に視線を送る。だが、瑞希は人目などもうどうでもよかった。さらに強く腕に力を込めて体を寄せると、ささやくようにこう告げる。
「……あたし、紺野くんが好き」
紺野は目を見開くと、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「ほんとは、もっとまともになってから告白しようと思ってた。でも、あたし、この後、施設に送られて、……もう会えなくなるかもしれないなら、今言うしかないから」
そう言うと、巻き付けていた腕を外してそっと体を離し、うつむいたまま、
悲しそうに笑った。
「分かってる。今のあたしじゃ、紺野くんが好きになってくれるわけないって。でも、いいんだ。あたしは、自分の気持ちを伝えて、区切りをつけたかっただけだから」
紺野は、そんな瑞希を悲しげな目で見つめた。
しばらくの間、何も言わずに、二人は人の行き交う自由通路にたたずんでいた。
沈黙を破ったのは、紺野だった。
「僕は……」
それだけ言うと、言葉を探すように口をつぐんでうつむく。しばらくはそうして逡巡していたが、ややあって、思い切ったように口を開いた。
「僕は昔……大好きだった人を、殺してしまったんです」
思いもかけないその言葉に、瑞希は息をのんで目を見開いた。紺野は足元に目線を落としたまま、つぶやくように言葉を継ぐ。
「だから僕は、もう彼女以外の誰とも、そういう関係にはなるまいと決めてるんです。瑞希さんがどうとかではなくて、……これは、僕自身の問題なんです」
そう言うと顔を上げ、優しい目で瑞希を見つめた。
「あなたは、魅力的な人です」
ストレートなその言葉に、瑞希は思わず真っ赤になった。
「だから、自信を持ってください。そうして、自分を大切にしてください。これからきっと、楽しいことがたくさんあります。苦しい時ももちろんあると思いますが、あなただったら乗り越えられる。いろいろ苦しいと経験をしてきた分、あなたには人よりたくさんの強さや優しさが備わっていると、僕は思います」
その言葉に、瑞希の目から堰を切ったように涙があふれ出した。
紺野は、ポケットから取り出した白いハンカチを瑞希に差し出した。瑞希はそれを受け取ってあふれる涙を拭ったが、すぐにハンカチはびしょびしょにぬれた。
「そろそろ、時間ですね」
紺野の言葉に、瑞希ははっとして時計を見た。十時三十分。あと六分で電車が来る。
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