12月25日

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 瑞希は紺野の顔を見つめた。紺野も、優しく瑞希を見つめている。 「最後にひとつだけ、お願い、聞いてくれる?」 「何ですか?」  瑞希は言おうとしたが、涙があふれて言葉にならない。紺野はそんな瑞希を穏やかなまなざしで見つめている。  瑞希は息を整えると、やっとの事で言葉を紡いだ。 「最後に、キスして。お別れの……キス」  紺野はちょっと目を見開いた。  瑞希は紺野をまっすぐに見つめてから、ゆっくりとその目を閉じる。  紺野はしばらくの間、戸惑うように瑞希を見つめていたが、やがて静かにその手を差し伸べた。  心臓の鼓動に体を揺さぶられていた瑞希は、紺野の手が自分の頬に触れるのを感じた。紺野の呼吸を間近で感じた次の瞬間、柔らかく優しい感触が、瑞希の唇を包み込む。  温かく幸せな思いが、瑞希の全身を満たしていく。  唇を離した紺野は、何も言わずにじっと瑞希を見つめた。瑞希も潤んだ瞳で紺野の視線を受け止めていたが、やがて寂しそうに微笑んだ。 「ありがとう、紺野くん」 「瑞希さん……」 「あたし、頑張るよ」  そう言って吹っ切ったように明るく笑ってみせると、瑞希は時計に目をやり、焦ったようにその目を見張った。 「ヤバ、あと二分!」  瑞希はもう一度紺野を見上げた。心持ち白い肌、茶色いさらさらの髪。涼しげな目元に、長いまつ毛。いつも優しい微笑みを絶やさない、その口元。その全てを、記憶に刻み込みたかった。絶対に忘れたくないと思った。 「じゃあね、紺野くん」  紺野も心なしか悲しげな笑みを浮かべながら、うなずいた。 「頑張ってください」  瑞希はうなずくと、軽く右手を挙げて駆けだした。改札を走り抜けると、ホームへ降りる階段上で足を止め、再び紺野に大きく手を振ってから、階段を駆け下りた。入線してきた電車の扉が開く、低い音が響く。  紺野は手を振り返してから、(きびす)を返すと、駅の階段を駆け下りた。が、外に出て、線路端に走り出た時には、既に電車は走り出していた。紺野はどこに乗っているか分からない瑞希に向かって、大きく手を振った。  瑞希は走り出す電車の窓からその姿を目に留めた。瞬間、抑えていた感情が吹き出すような気がした。喉元が不規則に痙攣(けいれん)し、熱いものが一気にあふれ出す。  だが、電車は容赦なくスピードを上げ、その姿はあっという間に流れ去り、瑞希の視界から消えた。  乗客のまばらな片田舎のローカル線。瑞希はクロスシートの座席を占有すると、シートの上に膝を抱えて座り込み、声を殺し、肩を震わせて泣いた。右手に握りしめた白いハンカチの存在すら忘れ果てて、ただ流れるに任せた涙が、灰色の床に次々に滴り落ちていく。  冬晴れの田園には、温かい日差しがいっぱいに降りそそいでいた。瑞希を乗せた電車は、そんな日差しあふれる田んぼの真ん中を突っ切って、軽快な音とともに走り去っていった。
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