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「奥さん……近ごろ寂しそうですねえ。欲求不満を持て余してんじゃないですか?」  無精髭の口元をいやらしく歪めて、庭師はそういった。  庭の松の剪定を終えた報告だとばかり思っていた奈緒は、意味をはかりかねて動揺した。 「えっ、なんのこと、ですか……?」  庭師は下卑た笑いを浮かべ、懐からスマホを取り出した。 「これですよ」奈緒に画面を向ける。  目が止まり、釘づけになる。  二階の寝室で、真紗也と情事に(ふけ)る自分の、あられもない姿だった。顔がカッと熱くなる。 「真っ昼間っからお盛んなこって、しょっちゅうあっこから見てましたよ」  庭師が指差す先には、丸く剪定された松の木があった。 「あなた……のぞいてたの?」 「そりゃあ、あんな艶っぽい声聞かされた日にゃあねえ、奥さん。それがここんとこ、(わけ)え男が見えなくなったもんで、さぞ寂しいんじゃないかと思いまして」 「そ、それでなんですか? お金? 脅すんですか?」  庭師が顔を左右にふる。 「いえいえ、俺もご相伴(しょうばん)にあずかれれば、このことは黙っときますよ」  好色な目つきでいやらしく口元を歪める男は、忌み木に巣食う蜘蛛のようだった。忌み木とは不要な木の枝だ。そんな自分もこの家では、忌み木のようなものだった。  目の前の男が蜘蛛なら、私は蜘蛛に絡めとられた蝶。ずっと(さなぎ)だった私は、真紗也に愛されたことで、硬い蛹を脱いで蝶になった。あの満たされた刺激的な日々を忘れることなんてできない。忌み木の蝶として生きる道を選んだ奈緒は、退屈な昔に戻るつもりはなかった。 「わかったわ……お入りになって……」  奈緒は、庭師のごつごつとした手を握ると、屋敷の奥へと(いざな)った。 ー 終 ー
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