12人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
4
奈緒は応接テーブルの傍らにお盆を置くと、ソファに座る真紗也の前に「どうぞ」と、お茶菓子や湯呑みを出した。
真紗也が慌てた様子で勢いよく腰を上げ、
「先日はすいませんでした!」と、深々と頭を下げる。
「えっ……?」意表を突かれ戸惑う。
「僕が余計なことをしたせいで、旦那さんに怒られましたよね……ずっと気になってて……」
「そんなこと、いいのよ気にしなくて。とにかく座って」
奈緒が微笑みかけると、真紗也はバツが悪そうな面持ちで、ソファに腰を下ろした。
どうしても謝りたくてと恐縮しきりな真紗也に、私の方こそごめんなさいと奈緒も恐縮した。
「僕、ああいうのほおっておけなくて。貧乏性なんですよ」
「そんな……若いのに気遣いができて、真紗也くん立派よ。健斗にも見習ってもらわないと」
「でも、家政婦さんとかいないんですか? これだけのお屋敷で」
「あら。家は大きいけど、それほどお金ないのよ」
「そうなんですか? すいません、立ち入ったこと聞いて」
奈緒は真紗也に嘘をついた。健斗が大学に入学したと同時に、家政婦には辞めてもらっていた。健斗が生まれたときからお世話になっていた家政婦だったが、健斗もすっかり親離れをし、手がかからなくなった。
料理も掃除も家政婦の仕事で、奈緒は母親らしいことを何ひとつできなかった。家政婦をクビにしたあとは、家事全般を一人でこなしていたが、このさき何十年も、この退屈な日々が続くのかと思うと、暗澹たる気持ちだった。
「そうなんですか。でも、毎日お母さんの手料理を食べられて健斗は幸せですね。すみません、変なこと聞いちゃって」
「いいえ」
奈緒は首を左右に振って、ぽんと手を打った。真紗也が父子家庭なことを思い出したのだ。
「真紗也くん、ときどき家にご飯食べにいらっしゃい」
「え? そんなあつかましいこと……」
「遠慮しないで。私を東京のお母さんだと思って。健斗もよろこぶと思うわ」
「じゃあ……お言葉に甘えます!」
「はい、どうぞ甘えてください」
二人は声を立てて笑った。
奈緒は思いがけず、もう一人息子ができたようで嬉しかった。
最初のコメントを投稿しよう!