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 奈緒は応接テーブルの傍らにお盆を置くと、ソファに座る真紗也の前に「どうぞ」と、お茶菓子や湯呑みを出した。  真紗也が慌てた様子で勢いよく腰を上げ、 「先日はすいませんでした!」と、深々と頭を下げる。 「えっ……?」意表を突かれ戸惑う。 「僕が余計なことをしたせいで、旦那さんに怒られましたよね……ずっと気になってて……」 「そんなこと、いいのよ気にしなくて。とにかく座って」  奈緒が微笑みかけると、真紗也はバツが悪そうな面持ちで、ソファに腰を下ろした。  どうしても謝りたくてと恐縮しきりな真紗也に、私の方こそごめんなさいと奈緒も恐縮した。 「僕、ああいうのほおっておけなくて。貧乏性なんですよ」 「そんな……若いのに気遣いができて、真紗也くん立派よ。健斗にも見習ってもらわないと」 「でも、家政婦さんとかいないんですか? これだけのお屋敷で」 「あら。家は大きいけど、それほどお金ないのよ」 「そうなんですか? すいません、立ち入ったこと聞いて」  奈緒は真紗也に嘘をついた。健斗が大学に入学したと同時に、家政婦には辞めてもらっていた。健斗が生まれたときからお世話になっていた家政婦だったが、健斗もすっかり親離れをし、手がかからなくなった。  料理も掃除も家政婦の仕事で、奈緒は母親らしいことを何ひとつできなかった。家政婦をクビにしたあとは、家事全般を一人でこなしていたが、このさき何十年も、この退屈な日々が続くのかと思うと、暗澹(あんたん)たる気持ちだった。 「そうなんですか。でも、毎日お母さんの手料理を食べられて健斗は幸せですね。すみません、変なこと聞いちゃって」 「いいえ」  奈緒は首を左右に振って、ぽんと手を打った。真紗也が父子家庭なことを思い出したのだ。 「真紗也くん、ときどき(うち)にご飯食べにいらっしゃい」 「え? そんなあつかましいこと……」 「遠慮しないで。私を東京のお母さんだと思って。健斗もよろこぶと思うわ」 「じゃあ……お言葉に甘えます!」 「はい、どうぞ甘えてください」  二人は声を立てて笑った。  奈緒は思いがけず、もう一人息子ができたようで嬉しかった。
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