やっと気づいた

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たまたまだけれど、私とマッキーは派遣元が同じで入社日も一緒。「派遣」とはいっても人材派遣会社に所属しているのではない。「出向」とも違ったと思う。とある会社に入社したところ、親会社での勤務を任命された。実質的に入社した会社では「派遣事業」も業務項目に入ってた。就職するときにこういうことをちゃんと分かっていなければならなかったんだけど、まあまあ、一般社会ではよく分からないことが横行している。つまり勤務先は国内でもかなり名前が知られた大企業。とはいえ、正社員のほか、さすがにパートやアルバイトはいないんだけど契約社員も派遣もいて、管理職の正社員とその差は歴然。さすがにいまどき「派遣さん」とは呼ばれないけど、総して「スタッフさん」と呼ばれてる。正社員は「正社員」であって、「スタッフ」じゃないから。 一応IT系に強いということで採用されてはいるんだけど、正社員からいろいろやらされる。単純なデータ整理や書類作成まで。正社員は自分でやれることをやらない。いかに自分が仕事をやらずに済ませられるか、ほかの人たちから仕事をしていないように見られないか、そんなことに情熱を注いでいる人たちだ。本当はとっても頭がいい人たちのはずなんだけど。 で、マッキーと私は同じ部署、同じ課、で、班も一緒だった。たまたまなんだけど所属した班はほかの班よりも少し大きくって、システムをグローバル展開してるような大規模顧客がいたりでってことが理由だったらしい。この班には同じ派遣元の長谷川さんがいた。長谷川さんはこの班で五年のベテランだそうだ。正社員でも定期的に人事異動があるし、五年もここに勤続してるってこと自体がかなり珍しいらしかった。だから長谷川さんは正社員よりも顧客のことも、社内事情も、業務内容もよく知ってるってもっぱら高い評価を得ていた。でも長谷川さんは二か月後には辞めるんだって。つまり、この長谷川さんの業務を私とマッキーとって新人二人で引き継がなくてはならないってことだった。 で、私はマッキーよりもひとつ歳上っていうことだけがおそらく理由で、なにかにつけて「リーダー」呼ばわりされた。正社員からも、班長からも、課長からも、なにかにつけて「リーダー」って呼ばれた。まず説明を受けるのは私だった。マッキーまでが、 「えー?あたしそれ聞いてないよ、リーダー!」 なんて、そんなときだけはリーダー呼ばわりだった。 牧野めぐみが「マッキー」なのに、なんで、辻村文子(あやこ)って自分が「リーダー」なのか、訳が分からなかった。まぁ、「リーダー」ってあだ名が付けられたと思って腹をくくった。 でも実はマッキーの方が私よりもよっぽどリーダーの素質が伺えるほどしっかりしてた。会議室の場所が分からなかったりしても、マッキーはちゃんと把握してた。派遣元の上長がやって来るのを知らなかったけど、マッキーはちゃんと把握してた。別の班にいる同じ派遣元の人とかも私はまったく知らなかったけど、友好的なマッキーはちゃんとみんなを把握してた。決して意地悪じゃないんだけど、逐一私には教えてくれないところがこれまたマッキーらしかった。同じ日に入社した正社員や契約社員の人たちとマッキーは一緒にランチに行ったりしても、私のことまで誘ってくれないのもマッキーらしかった。ちかく産休に入るなんとかさんとランチ会みたいなときも自分は誘われなかった。そのなんとかさんと私は話をしたこともないからそうでしょうとも思う。というか、マッキーがそのなんとかさんといつどんな接点をもったのかってことの方がむしろ不思議だったけれど、ま、なにごとにも我関せずみたいなところがある私だから誘われたら誘われたで面倒くさいんだけどさ。マッキーとみんなは二九歳かそれより若くって、三〇歳の自分とはなんだか壁があったらしい。「アラサー」と「リアルサー」とは違うんだろう。いまどきとはいえ、それはそういうことだったみたいだ。 ちなみに長谷川さんは私よりも少し歳上みたいだ。ま、辞めてく人だからそんなに興味はないし、仲良くしようなんて気持ちもない。で、この長谷川さんだって「リーダー」って呼ばれてない。いままでは「部下」にあたる人がいなかったからかも。少なくても私にはマッキーが一緒にいる訳だから「リーダー」呼ばわりされるらしかった。いやいや、特徴のない名前だもの。誰かがなんとなく「リーダー」って言ったらそれが浸透してしまったってだけ。でもそれで良かったんだとも思う。誰かが私のことを「ゴミ」って呼んでたら、ずっと「ゴミ」呼ばわりだったかもしれない。でも、こういうところでマッキーの存在をうざいと感じてしまうのかもしれない。私一人だったら「リーダー」なんて呼ばれることなかったかもって、そうも思う。 それでも、マッキーやほかの人と一緒にランチに行くことはあった。たまたま玄関のところで出くわして、なんとなく一緒に行ったりとか。たわいもない話、面白くもないのに作り笑顔でうんうんって頷いたりしてみせた。どうせ会社だけの付き合い。マッキーとあたし、どっちかが辞めたり異動したりしたら付き合いはなくなるだろうって、その程度にしか考えてなかった。出身地とか、学生の頃の話とか、なにかと共通点のないマッキーとは話題を見つけるのにさえ一苦労する。 そしてマッキーはかなりせっかちだった。あんまりにもランチを早く食べ終えてしまって、自分の席に戻るには早すぎたことがあった。で、近くのスタンドでコーヒーを飲んだ。マッキーはホットコーヒーにガムシロップを入れた。スティックシュガーがそばにあるのにって伝えたら、 「あたしせっかちでね、砂糖が溶けるのなんて待てない。」 って、当然のことのように答えた。こんなせっかちな女、私はほかに知らなかった。事実として、私の人生で出会ったいずれの人よりもマッキーはせっかちだった。だから仕事も早かった。いや、仕事だけじゃないか。喋るのも早口だし、食べるのも早かったし、化粧室から出てくるのも早かったし、書類整理だのなんだのも早かったなぁ、そういえば。 マッキーには彼氏がいた。大学のときに交換留学で一年間カナダで過ごして、そのときに知り合った彼氏さんなんだって。彼氏さんがカナダの大学で単位取って帰国して、しばらくぶりに会う機会があって、それからのお付き合いでもう三年になるんだって。マッキーにも彼氏さんにも結婚する気はあるらしいんだけど、きっかけを探してるんだって。 「三〇歳になる前に結婚したいとかないの?」 背中合わせの席の奥寺くんがさらりと聞いたことがあったっけ。マッキーは男女へだたりなく仲良くできる人で、こんな話も普通にしてた。 「ないよ。なんで?」 マッキーは実にあっけらかんとしていた。 「リーダーも?」 「うん。」 すでに三〇歳を迎えている私にも聞くことじゃないよねとは思うんだけど、「うん」で済ませちゃうほうが早い。なんだかあたしが三〇歳を過ぎてるってことも、いつの間にか周知の事実になってた。ま、派遣で入ってくる人は若い人が多いから珍しかったんだろうとも思う。いいじゃんか、あたしにはあたしの道があるんだから。いくつになってもふらふらしたりすることだってあるわよ。これで最後の転職!とまで思ってきたわけじゃないんだけど、時間を持て余したくなかったとこへ採用決まっちゃったんだもの。言っても名のある一流企業での勤務だしさ。 三〇歳を迎えて数か月は経過していたけれど、特に三〇歳だからどうこうとか、結婚しなくちゃとかないんだなぁ。三つ歳上の姉も結婚してないからか、あなたもまだなの?みたいなことは一度くらいは聞かれたか。お見合い話なんてないし、付き合ってる人いないの?とかも聞かれないし、まぁ、すきにしたらいいみたいな放任主義のところは子供の頃からそうだったかな。老後の面倒みて欲しいなんて期待してはないって一昨年くらいのお正月だっけ?に言われたときには、期待くらいはしてよって思ったけど、期待されてもなぁとも思って、結局なんにも言えなかった。そういえばあのとき、おねえちゃんもなんにも言ってなかったんだなぁ。 私のおねえちゃんは言ってみれば「仕事をバリバリ頑張ってる人」で、仕事以外に頑張ることがない人なんだと思う。ウチにいるときは常に寝てた。データベース系のなんかをやってて、やれ講習会だの勉強会だの、珍しく週末に家にいると思ったら部屋でがっつりパソコンに向き合ったままだったし、熱心にそんなことに時間を費やし、彼氏なんて影も形も見えなくって、お父さんもお母さんも、おねえちゃんの結婚についてはとっくに諦めているみたいだった。 マッキーには意外に妹がいるそうだ。私にはどう見たってマッキーは長女っぽくなかったけれど。「ゆかり」ちゃんの話をときどき聞いた。ゆかりちゃんはマッキーとは正反対ののんびり系で、地元長崎のアパレル会社で勤務してるんだって。ゆかりちゃんと彼氏が東京の遊園地に遊びに来たりすると、彼氏さんと四人でご飯食べに行ったりもするんだって。そんな話を聞くと、結構キモチワルって思ってしまったりする。だって、私はまずそんなことおねえちゃんとしない。ま、私にもおねえちゃんにも、いまのところ「彼氏」がいないっていうのも理由かもしれない。私に最後に彼氏がいたのなんて…、いつのことだったっけなぁって感じ。 でも、ゆかりちゃんの話を聞いた後だったからか、マッキーは歳下の子の面倒はよくみるんだなぁと思ったことがあった。あるとき、羽場さん、新卒で入社したばかりの正社員の女の子がトイレで泣いてた。なにが原因だったかは知らないけれど、こういうとき、スタッフのみんなは近づきたがらない。正社員相手だと面倒くさいことになる可能性が高いから。私は、まぁ、ほら、あの、その…、なにごとも我関せずでいたいから…。でもマッキーはちょっと考えてからだったみたいだけど、羽場さんの肩を軽く叩いてこう言った。 「今日はもう帰った方がいいよ。」 羽場さんは頷くとさっそくトイレから出て行った。同期の女の子に課長への言い訳ともいう言伝を頼んで、はやばやと帰って行った。次の日、羽場さんはケロリとした笑顔で出社した。目元はなんだか赤くて腫れぼったかったみたいだけど。だからといって、その後二人がベタベタと仲良くしている様子はなかった。たまに、マッキーと羽場さんが二人でランチに行くところは見かけたか。 長谷川さんとマッキーと三人でランチに行ったのは一回だけ。長谷川さんは割とそっけない人だったんだけど、今週で退職って月曜日に今日は一緒に行きましょうって声をかけてきた。マッキーと自分は遠慮してて、とても長谷川さんにランチ一緒してくださいとか言える雰囲気の人じゃなかった。厳しすぎることもなく、やさしすぎることもなく、ただ、私たち二人には常に公平に接してくれた。私のことを「さん付け」で呼んでくれたのは長谷川さんだけだった。ま、実のところは私を「リーダー」とは認めてくれてなかったのかもしれない。 こういうとき、マッキーは割とよく喋る。長谷川さんも私もそんなに「オシャベリ」じゃないから、余計そうなのかもしれない。彼氏さんとのこととか、ゆかりちゃんとか家族のこととか、留学の話まで遡ってしてくれたりする。このタイミングでこんな話ばっかり?と思ってると、不意にこんなことを言い出す。 「来週から長谷川さんがいないなんて、不安でしょうがないです〜。」 よくも平気でさらりと言ったりするなぁと関心させられる。自分は横でうんうんと頷くだけ。 「大丈夫よ〜、マッキーなら。」 「え〜、そうかなぁ。」 「リーダーも一緒だし、ね!」 …返事をしたくなかったのに、笑顔で大きく頷いてしまった。長谷川さんが私のことを「リーダー」と呼んだのはこのとき一回だけ。どういうつもりだったのかは知らない。分かりたくもないや。 長谷川さんは私より二、三歳以上は歳上のはず。結婚はしていない。なんか、結婚してるのかなぁって思ったことがあったんだけど、マッキー情報で未婚ってことが分かった。ま、そんなことはどうでもよかったんだけど、退職して結婚するのでもないどころか、実は、このあとは本社にもどっていいポジションで仕事が決まっていることが分かった。これにはちょっとがっかりした。まぁ、いまのところで五年も頑張ったからの結果だろうとは思うけれど、自分も五年はいまのところで頑張らないとキャリアアップが望めないということを思い知らされたからだ。 長谷川さんがいなくなってから約一週間、どんなに辛くっても社会は廻っている。班内だけでなく、ほかの部署からまで風当たりが強くなってきて、長谷川さんに守ってもらってたんだなぁって自覚する。少しばかり予想してはいたけれどね。マッキーの「世渡り上手さ」が目に余る。休憩時間にちょっとほかの班の人と喋っているのを聞くだけで苛立ちを覚えたりする。別の部署の影山くんは同じ派遣元なのに楽してる、あっちは男性だからってだけで給料が少し高いなんて話をマッキーから聞くとさらにイライラが募る。 それから数週間が経過した頃だろうか、マッキーと、それからオユキさんと一緒にランチに行くことになった。オユキさんは契約社員として二年目。契約社員は一年ごとの契約で最大でも三年まで。ほとんどの人はその間に別会社に移ったり、ごく少数は正社員に採用されたりする。オユキさんは二年目だからまだチャンスはあるのに、正社員になりたいって気持ちを強くアピールすることもなく、自分の担当業務だけはそつなくこなす人だった。能力もそれなりにあって、頼りになるところもあった。とはいえ、正社員の前では極力揉めごとを避けようとするのもあからさまではあったけれど。契約社員の特徴として、「私たちも同じスタッフだから」はなかったんだなぁ。あくまでも派遣できてる人たちのことをどこか下に見てると言うか…、それは自分の劣等感からくるものだったんだろうか。でも、オユキさんみないな人は実は計画的にキャリアを積んで、三年目に入る前にはもっといいところに転職するんだろう、もしくは海外転職とか、または結婚を約束した相手がいるとか、虎視眈々となにかを目論んでいて着実に推進しているんだろうって、そんな風に思われるタイプだったし、自分もオユキさんのことはそう思ってた。 長谷川さんがいなくなったので隣の班とはいえ少し気になっていたと言って、まぁ、私たち二人になにかしらの探りをいれていたのか、長谷川さんをライバル視していたのか、最近はどう?とか、困ってない?とか、白々しい話が少し続き、マッキーも用心しているのか、いつもの饒舌さが失われていた。 「長谷川さんと連絡取ったりする?」 「いえ、全然。」 「ときどき本社には行くんでしょ?」 「年に一回程度、すっごく上の方の人と面談があるだけで、いろんな社員とあったりとかはないんです。直属の上長は毎月来てるし。」 「長谷川さん、随分いい役職に就いたって聞いたけど。」 マッキーにはどんな情報網があるんだか知らないけれど、長谷川さんの最新の勤務状況をそれなりに把握してた。グローバル事業部で新規事業開発課かなんだかで課長補佐になったんだけど、課長は海外出張が多いため長谷川さんが実質的な部長として活躍しているそうだった。 「へぇ、いよいよ能力発揮ってとこかぁ。」 「みたいですね。」 「うらやましいなあぁ。」 こんなときに「オユキさんもそろそろ」なんて絶対に言えないんだなぁ。 「まぁ、長谷川さんもやっと報われたってことね。随分辛い想いもしてたからなぁ。」 オユキさんのこの言い方が気になって、どういうことかを聞いてみた。白々しくも「あれ?ほかの人から聞いてない?私が言ったって言わないでね」なんて言いながら、オユキさんは結構長く詳しく話してくれた。 なんでも長谷川さんは半年ほど前に「失踪」したらしかった。つまり、あんまりにみんなから好き勝手にいろいろ押し付けられた挙げ句になにかの責任まで背負わされて、ある日突然会社を休んでしまったんだって。その当日は連絡が取れず、まぁ一日くらいと思われていたら、次の日もその次の日も…。社内でも派遣元の本社でもそりゃあそれなりに問題になって、ご実家や親しい友人にまで連絡したものの長谷川さんの行方は分からずだったと。いよいよ警察に通報しなければならないかというタイミングになって、長谷川さんのお母さんから本社の谷口部長に連絡があったってことだった。で、そのときに、長谷川さんはどんなに長くても三か月のうちに異動させるってことになったんだって。 それでも結局、長谷川さんは失踪してから約六か月、ここで勤続してたってオユキさんは続けて話してくれた。実は私とマッキーの前に採用された人があったんだって。長谷川さんは失踪後の約二週間後にはお休みも十分に取って、なにごともなかったかのように復帰したんだったそうだ。もう、あえて誰もなにも言わない、当たらず触らずで、積もってたはずの仕事は見事に班内で分担され、みんなで粛々と勤務に勤しんだらしい。実は影ではうちの谷口部長だけじゃなくて、勤務先の睦月課長までが長谷川さんに謝罪してたらしいけれど。その三週間後くらいには早々に派遣されてきた新人があったそうだが、この人と長谷川さんはまったく合わなかったらしい。逐一、ことごとく、「自分ではデキると思ってる若い男」のやることなすことが裏目に出て、長谷川さんの目にもあまり手を持て余し、かえって仕事が増えてしまったそうだ。「アイツと仕事するくらいなら一人であと一年頑張ります!」とまで長谷川さんは言ったそうだ。で、結局その男子はほかにもミスが細々と続いたりして、早々に別の子会社へ異動させられたらしい。で、年齢的にも長谷川さんより少し若い女性二人組として私とマッキーが採用になったらしい。ま、どっちかが長谷川さんと合わなくても、どっちかがポンコツだったりポシャったりしてもってことで二人にしたんだったのかもしれない。 オユキさんとそんな話をした日の帰り道、駅までの道すがらマッキーが私に話してくれた。 「そういえば、アタシ、ここに面接に来たときに長谷川さんに会ったんだよね。」 派遣元の会社で採用が決まって、勤務先現地で谷口部長と面接するとき、面接室に案内してくれたのが長谷川さんだったって。で、部長が来るまで「緊張しないでね」とかなんとか話してくれたって。 「そう言われるとあたしも…。」 ああ、自分は面接を終えて帰るとき、セキュリティゲートでのカード回収が必要だからって見送りしてくれたのが長谷川さんだった。 つまり、長谷川さんは私たちを直接面談できるほどの立場ではなかったけれど、長谷川さんに気に入られなかったら採用もされなかった…、そう思うとなんだかゾッとせずにはいられなかった。いかにも仕組まれた採用で、なんだか腑に落ちなかった。 ただ、これでマッキーと組まされたことにはなんだか納得できたような気もした。一人でできる量の仕事じゃないし、マッキーと私と二人ならばこなせる、いや、どっちかがなんとかするだろうって見込まれたのだろう。長谷川さんは五年も一人でやってきたものをどうして自分は一人ではできないのかとも思うけれど、まぁ、二人で分担していいって言われるならそれはそれで気が楽だと思えばいいと自分を言い聞かせた。むしろ、私の「子分」扱いにされるマッキーの方がお気の毒な面があるのではないだろうか、そんな風にさえ思い始めた。 あるとき、マッキーに飲みに誘われた。珍しい。初めてじゃないけど、マッキーが私をサシで飲みに誘ってくるのは珍しかった。勤務し始めてから一年近くが経とうとしていた。「たまには飲みに行こうよ」だって。ランチから帰ってくるなり、なんか、話したいって決意でもしたかのようだった。で、定時で帰る。いつもの最寄り駅とは反対の方。定時だとまだ早いんだけど、早めに飲み始めるサラリーマンだってもちろんいる。大企業の近くには飲み屋街があるもので、マッキーも私も、「焼き鳥屋」とか平気で入るタイプ。そりゃあ、小汚い騒がしい煙モクモクのお店よりはオシャレ居酒屋風の方が得意だけど、今日はなんとなく、その中間ぐらいの適当に入りやすいお店だった。 マッキーはまずビールの人じゃなかった。自分も。なんとなく梅酒ソーダから始める。マッキーはハイボール。とりあえず乾杯。突き出しの大根おろしがやけにおいしかった。で、焼鳥の盛り合わせとか、はんぺんとか、ネギトロ巻きとか適当に頼む。サラダとかいらないし。で、マッキーはまくしたてるように喋り始める。○○班のなんとかさんは楽してる、△△班のしのごのくんは正社員だからってこんな嫌味なことしてる、□□班のかんとか係長は頭がおかしいとか。そんなことを私に言いたかったんだろうかという話が続くんだけど、まぁ、たまにはこういう話を聞いているのも悪くないと思ってふんふんと頷く。 「あたしさぁ、別のチームに行ってもいい?」 「どうぞ。」 「大丈夫かなぁ?一年経ってないけど。」 「ダメ元で希望は出すだけ出したら?」 「いいよね?」 「いんじゃない?」 「いいよね?リーダー!」 「だからさぁ、リーダーはあだ名でしょ?」 「だよね?」 「そうだよ。入社日いっしょじゃん!リーダー手当とかもらってないよ。」 「だよね?」 もう、面倒くさかった。要するにマッキーは別のチームにもう少し上のポジションで異動したいってことを、私に告知したかったらしい。入社してまだ数か月だからってことも少し気にしてはいたみたいだけれど、私からは反対されないって分かってるくせに多少は緊張してたみたいだ。私だってマッキーを自分の子分としてずっとお抱えしようとも、えー、二人でずっと一緒に頑張ろうよ!なんて微塵にも思ってなかった。 「行きたいチームとかあるの?」 なんとなく聞いてみた。 「ほら、こないださぁ、三枝さんて五階の人が来たじゃない?」 「ああ、ここで三年目の人だっけ?」 「そう!あの人と帰りがけにちょっとお茶したらさぁ、三階では先が見えてるとかいうんだもん。」 「三階って、ああ、ウチらんとこのことか。はぁ、まぁ、そうかもね。」 「で、あの三枝さんて、それこそ長谷川さんともときどきランチしたりしてたんだってー!」 「そうなの?」 「うん。で、長谷川さんみたいに疲れ切っちゃう前にさっさと異動させてもらった方がいいよとかいうんだもん。三階ってさぁ、ほら、結構班長とかに左右されるからって。」 まぁ、たしかにそんな感じは濃厚。 「で、三枝さんがイイトコロに引っ張ってくれるっていうからさぁ…。」 「そんなの信用して大丈夫なの?」って言おうと思って止めた。やる気になってる子に水を差すのは「そんな彼氏やめなよ」っていうのと同じくらい禁句。っていうか、言うだけ意味がないもの。ぐっとこらえてふんふんと頷いて話を聞く。 お店を出て、駅のところで別れる際に告げる。 「まぁ、もし気が変わりでもしたらそれもありだから。」 逃げ道だけは残してあげる。 で、マッキーは結局五階の業務に移った。で、五階の三枝さんはマッキーが異動した早々に辞めてった。まぁ、そんな人もいる。三枝さんが荒く中途半端に残してった仕事を、周りの正社員たちに嫌味を言われながら続けてるって、文句たれながら頑張ってる。一年も経たないのに希望がとおって異動させてもらった身としては、元に戻りたいなんて言えないんだろう。言ったところでとても聞き入れられはしないって、誰の目にも明らかだった。 自分はと言うと、マッキーが抜けたあとに欠員補充がなかなかなくて、しばらくは一人で頑張った。月イチで谷口部長がやってくるたびに補充員が必要な旨を訴えた。三か月、四か月が過ぎていった。それでも増員はなかった。私はそのたびにマッキーと飲みに行ってはクダを巻いていた。マッキーは年度末まではなんとか我慢するんだと言い張っていた。聞いてるうちに自分よりもマッキーのことが心配になってきた。なんだかんだ言って、結構自分はマッキーに救われてる。なにかあると、自分の愚痴もずいぶん聞いてもらってるもの。 今日もまた谷口部長がやって来た。ダメ元でいう。 「増員お願いします。もう続けられません。」 「採用は勧めてるんだけどねー、あっちの部署も優先しなくっちゃいけないしさー。」 面接を終了して、部屋を出るときに呟いた。 「どっか行きたいなぁ、長谷川さんみたいに…。」 翌月、新採用の社員が派遣されてきた。マッキーとは全然違う、私よりも五つくらい歳下のカワイイ感じの女の子。こんな子と一緒に仕事ができるんだろうか?不安に思いながらも業務を続ける。 そんなある日、ランチに出かけると、この新人の園部さんがマッキーとランチしてた。私だってまだ園部さんとランチしてないのに…。で、気まずいから見なかったフリをしようと思ったら、こんなときに限ってマッキーは私を呼び寄せる。人一倍おっきな声で「リーダー!」だって…。ヤだなぁ。気づかなかったフリができないパターンに追い込まれた。マッキーも悪気はないんだろうけど。いやいや、悪気は十分にある感じよね、この場合。 で、なんとなく三人でランチ。この二人となに話していいか分かんないと思う間もなくマッキーが喋り続ける。そこの班の課長はどうでとか、係長はまた変わったでしょ?とか、人事情報も相変わらず早い。同じ派遣元から来てる人たちのこともよく知ってる。決して「情報屋」というほどではないんだけれども…ねぇ。で、最近は三枝さんが残していった荒仕事も片付いて、新しいことをいろいろとやれて楽しいんだって。で、そこのレストランでは食後にコーヒーがついてた。相変わらずマッキーはガムシロップを入れて二、三回スプーンでかき混ぜるとすぐに口を付けてた。淹れたてのコーヒーはまだ熱いでしょうに、もろともせずゴクゴク飲んでた。 「相変わらずねぇ。」 思ってたから口に出してしまった。 「なに?せっかち?」 「うん。」 って頷きながら笑ってしまった。そうなのよ。おかしいのよ、この子。面白いのよ、マッキー。気に入らないところもいろいろあるんだけどさ、イラッとすることも、ムカッとすることもあるんだけどさ、でも面白い、いい子なんだよね、マッキー。あんたみたいのいると、仕事楽しいんだよって、やっと気づいた。
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