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レイジ 幸せなひと時
俺が差しさわりのない話をするだけで、彼女の目がクリクリと動き、大きく相槌を打ちながら、手を口にして楽しそうに笑う。
(なんなんだ、この娘は。まるで邪心がない)
彼女を一言で表せば、『無垢』。
やばい...やっぱり死んでしまいそう。
「俺、レイジっていう名前じゃないんだ。本当は均」
だめだ、こんな娘の前では名前も偽れない。俺は半ば自虐的に『レイジ』と言われる由来を話した。そしたら彼女、なんて言ったと思う? その反応は俺の想像の斜め上を行っているものだった。それまでクスクス笑っていたのが急に真顔になり、俺を真っすぐに見つめる。
「均さん、すごいじゃないですか!!!」
「え? すごいって?」
「だって、どんな人の中でも平均点なんでしょ?」
「うん、今までそうだった」
「スポーツ選手がコンスタントに成績を残すのは一流ですよ」
「ま、そうだね。俺スポーツ選手じゃないけど...ははは」
「きっと、優秀な人の中に入っても均さんは真ん中でいられるんですよね」
「たぶん、そうかもしれないね」
「例えば、年収が平均だと言っても、世界基準で考えれば十分に上位ですよ」
あっ...目から鱗。彼女の言い分はもっともだ。今までそんなことを考えたこともなかった。俺はいつだって平均点だった。でも、それは俺が所属する母体がすごく狭い中での話だ。
純真で可憐で無垢で。どんな言葉を並べても彼女を表現できない。それでいて人を貶めるようなこともない(多分)、そんな優しさ。何より、俺のことを名前で呼んでくれた。
今、彼女が壺を売るって言ったら、きっと言い値で買うだろうね。
チラッと俺が時計を見たのを見逃さなかったらしい。
「ごめんなさい。少しって言ったのにこんなにお付き合いさせてしまって。本当にありがとうございました」
「いえ...こちらこそ」
彼女は立ち上がり、深々と頭を下げた。そして、自分のレシートを手にして支払いを済ませ店を出て行った。
その時、俺の様子を俯瞰的に見ることができたなら、彼女が去る姿を見ながらポカ~ンと口を開けた間抜けそうな男が発見できただろう。
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