宝海氏に懺悔の資格はあるか?

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 巨大輸送船、エビデンス号evidenceの操縦室のモニターの前で、各班のリーダーが集まり、移住先の惑星の衛星軌道上にある物体を眺めていた。  その場にいた誰もが、苦役を命じられた囚人のように顔を歪ませていた。  宝(ほう)海(かい)恵一(けいいち)博士もその一人で、彼の場合、頭を抱えてうずくまっていた。  彼は心の中で叫んだ。  (すみません! みなさん! 神様、わたしのようなものが生きていて、ごめんなさい! 弱虫でごめんなさい! 死ぬ勇気がないんです! ああ、死ぬは嫌だっ! まだ生きていたいっ! 許してください! 許してください! 死ぬのだけは勘弁してください!)  彼が考案した兵器サスタナブル、Sustainableは人を殺さず、出来るだけ平和的に紛争を終結させることができる筈だった。  (ところがどうだ、結果は最悪、戦争が際限なく続くとは!)  絶望して泣き崩れる宇宙船の乗組員に背を向けて、かれは目をつぶった。        *  皮肉なことに持続可能を意味するサスタナブルと名付けられた兵器は一見、優雅な飛行船といった姿をしていたが、その性能は恐ろしいもので、人間の殺意に反応すると、特殊な電磁波を起して人間の脳細胞のシナプスに影響を及ぼして、海馬の記憶を消去してしまう。  この《攻撃》を受けた敵側の兵士は兵役で訓練されたまでの事は覚えているが、いざ戦線に出撃された途端、自分が一体どんな作戦で動いているのか、すっかりそれまでの記憶がなくなってしまうから、指揮系統はメチャクチャだ。将校に訊いても、その将校も作戦を覚えていない。その上の将軍クラスも、なにを立案したのか、今、戦況が有利なのか不利なのかもわからない。  おまけに副作用で、ひと月くらいしか記憶がもたないようになってしまう。  たとえば十二月二十五日にサスタナブルに攻撃されると、若干、個人差はあるものの、二月になるかならないかで、また記憶がクリスマスに逆戻りして、春が来ようが、夏が来ようが紅葉の季節になっても、年から年中、年末と認識して兵士は混乱してしまうのだ。  思い余った敵方の将軍は「とにかく、A国へ突撃、目の前の敵を追い散らせ!」と、各師団に命令を出した。これに驚いたのは宝海の研究に資金を提供したA国の軍部だ。  敵国は降伏するはずだったのに、結果は真反対だったからだ。  なんと敵国の兵士たちはとても勇敢になって、どんな戦況に陥っても、恐れず立ち向かってくるので味方の被害は増すばかりだ。
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