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03
――ダラールはラビア―ナ国に捕らえられ、軍が駐留していた野営地へと運ばれた。
これから本国へと戻り、裁判にかけられてから彼女の罪が決まるのだろう。
ラビア―ナ軍での脱柵は重罪だ。
幸いなことに敵前逃亡よりは罪は軽くなるが、もうダラールが檻から出られることはないと思われる。
「これでいい……これでいいんだ……」
拘束されてラビア―ナ国へと連行されるダラール。
周囲にいた兵たちの様子から、リームとルミーラが見つかっていないと知った彼女は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
そして、この後の自分のことなど考えず、少女と幻獣の無事を心から願う。
それからラビア―ナ国へと辿り着き、裁判など行われずにダラールは牢に放り込まれた。
彼女が入れられた牢屋は、脱走や脱柵をした者たちばかりいる場所だったようで、隣にいた男の囚人が、お互いに運がなかったなと言ってきた。
この牢屋は地下のため窓はなく、外の様子がわからないので、今が朝なのか夜なのかもわからない。
日に一度だけ食事が運ばれてくることだけが、時間の感覚を思い出させるくらいだ。
隣の男は最初のうちは声をかけてきたが、そのうち何も言わなくなった。
しばらくして隣の牢が開けられ、男が外に出された。
どうやら寒さで凍え死んだらしく、見張りの男たちは不機嫌そうに死体を運んでいた。
ラビア―ナ国のある地域は、昼間は熱した鉄の上にいるように暑く、夜は氷の中にいるように寒い。
ここでは凍死など日常茶飯事だと、ダラールは後から知った。
彼女がここへ入れられてから、どのくらいの月日が経っただろうか。
他にいくつもある牢にいた囚人たちは、男と同じ凍死か、または暑さにやられて命を落とす中、ダラールだけはまだ生きていた。
以前の覇気ある姿は変り果て、今の彼女は骨と皮だけになっている。
ダラールは天井を見つめながら思う。
どうして自分はまだ生きているのかと。
こんな苦しく希望のないところでは、たとえどんな強靭な肉体を持っていても死に至る。
すでに何人もの囚人が亡くなり、残りは自分一人だ。
死ねば楽になれるのに――。
ダラールはもはや食事を取る気力もなくなっていた。
いつも見張りの男が運んでくる、水っぽいスープを飲む力もない。
「リーム……ルミーラ……」
名前を呟きながら思い出す。
少女と幻獣は平和に暮らしているだろうか。
ここへ来てないということは無事なのだろう。
しかし、世界ではきっとまだ戦争が続いている。
巻き込まれていなければいいが……。
ダラールは忘れかけていた少女と幻獣のことを想うと、あることに気がついた。
そうか。
自分はあの子たちとまた会いたいのだ。
だから、こんな地獄のようなところでも辛うじて生きているのだと、横になりながら笑った。
笑ったのはいつ以来だろうか。
ずっと動かしていなかったせいか、顔の筋肉が引きつる。
だが、それももう限界だ。
最後にまた彼女たちの顔が見たかったなと、ダラールは両目をつぶった。
「なんだ今の爆発は!?」
ダラールが死を覚悟したとき――。
地下室に見張りの男の声が響き渡った。
どうやら、ついにこの国でも戦争が始まったようだ。
今までが運がよかったのだ。
武器商人として国家を維持し続けるなど、土台無理な話だったのだと、ダラールが思っていると――。
「ダラール! どこ、どこにいるの!? ここにいるんでしょ!? いるなら返事をして!」
突然、地下室が崩壊し、陽が射し込んだのと同時に少女の叫び声が聞こえてきた。
少女の声はダラールを呼び続け、その声に重なるようにキュッキュッと小動物の鳴き声も聞こえていた。
ダラールはゆっくりと目を開けた。
久しぶりに陽の光を浴びたので目が上手く開かず、前がよく見えない。
それでも崩れた天井から吹く風の心地よさが、ダラールに外と繋がったことを感じさせた。
「ダラール! ダラール! あたしだよ、リームだよ! ルミーラと一緒にあなたも迎えに来たの!」
「リ、リーム……なの……? 本当に……?」
抱きつかれたダラールは、人肌の温かさに満たされていた。
しかし、これが現実だとはとても思えない。
少女と幻獣が自分を助けにきた?
そんなことできるはずがない。
あんな小さな子どもたちが、ラビア―ナ国へ侵入することなんて不可能だ。
ならば、これは夢なのか?
神様が死ぬ最後に夢をみせてくれているのか?
「生きていてくれて本当によかった……。さあ、早くここを出ましょう」
少女に背負われ、ダラールは運ばれた。
気がつくと少女の背から降ろされ、足や尻には柔らかい感触があった。
ようやく目が慣れてきたダラールが目を開くと、黄色い毛皮の上に自分が乗っていることに気がついた。
隣には幼い少女――いや、たくましくなったリームの姿があり、彼女が誰かに声をかけている。
「ルミーラ。ダラールは助けたよ。またお願いね!」
リームの声の後、黄色い毛皮は動き始めた。
ここでようやくダラールは気がつく。
この黄色い毛は幻獣アルミラージの毛で、ルミーラの背中に自分が乗っているということに。
ダラールが牢に入っている間に、彼女たちが成長していたのだ。
リームはまだ少女ではあったが、背も伸び、顔つきも凛々しくなっている。
ルミーラに関していえば、以前の可愛らしい姿から想像できないほど巨大になっており、まさに世に知られている幻獣の姿になっていた。
「はい、お水だよ。慌てて飲まないでね。あとしっかり掴まってないと振り落とされちゃうよ」
「ど、どうしてあんたたちが……。それになんでこんな……?」
ダラールが訊ねると、リームは微笑み返した。
ルミーラは物凄い勢いで走り出し、集まっていていたラビア―ナ国の兵隊をなぎ倒していった。
額にある螺旋状の真っ黒な角を突き立て、前に立つ者を蹴散らしていく。
ラビア―ナ国の兵隊は、正面から無理だと判断したのか、ルミーラの側面を狙って来た。
「ルミーラ! こっちは任せて!」
リームは襲ってきた兵隊たちに手を翳した。
すると、彼女の手から風が巻き起こり始め、それが刃となって群がってきた兵隊を払っていく。
ダラールはその光景が信じられなかった。
魔導具もなしに一体どうやったのか?
会っていない間にリームに何があったのか?
わからないことだらけだったダラールは、もう考えが追いつかず、唖然としているしかなかった。
それからラビア―ナ国の軍隊から逃げ切り、彼女たちは何もない平原を走っていた。
未だに言葉を失っているダラールに、リームが微笑みながら言う。
「時間かかっちゃったけど……。また会えたね……ダラール」
その少女の笑顔には涙が流れていた。
ダラールはそんな彼女の顔を見ると、涙が止まらなくなった。
大人げなく泣き喚き、リームのことを抱きしめていた。
「これからはずっと一緒だよ」
「うん……うん……そうだね……。うぅ、うわぁぁぁん!」
抱き合う家族を背に感じながら、ルミーラは歓喜の鳴き声をあげた。
〈了〉
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