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02
――その後にリームは、ルミーラと名付けた幻獣と、ダラールという褐色肌の女と森で過ごした。
一緒にここで暮らそうと誰かが言ったわけではなく、リームたちは共に食べ、共に眠って数日が経過する。
リームの持っていた薬草のおかげでルミーラはみるみるうちに回復し、今ではピョンピョン跳ねながら歩けるほどまでになっていた。
「ねえ、リーム。あんたはどうしてこんなとこにいたんだ?」
「急に町に武器を持った人がいっぱい来て……お家も壊されちゃって……。お父さんとお母さんもそのときに……」
「そっか……。あんたの住んでいたところも戦争に巻き込まれたのか……。つらいことを訊いてごめんね」
リームの事情を聞いたダラールだったが、彼女は自分のことは話さなかった。
気になったリームが訊ねてみても、遠くから来たとしか言わない。
それでもリームは気にしなかった。
それは彼女が直感的に、ダラールが悪い人ではないと思ったからだった。
世界では、幻獣の存在が恐れられている。
人間を無差別に襲うと言われ、もし見つけたら逃げるか殺すかするのが常識だ。
しかし、ダラールはリームの言うことを信じ、ルミーラに向けた剣を抑えてくれた。
それからもまだ幼い彼女と傷が治っていないルミーラのために、森から食料も集めてきてくれた。
たとえどんな過去があったとしても、この人は信頼できる。
リームは、ダラールの自分とルミーラへの態度から、彼女のことを好きになっていた。
それはルミーラも同じで、最初こそ避けていた黄色い角の生えたウサギも、今ではすっかり彼女に懐いている。
戦争で両親を失い、天涯孤独となったリームだったが、この森で新しい家族ができたと喜んでいた。
だがそんな平穏な日々が、突如として崩壊した。
リームたちが住んでいた森に、軍隊がやって来たのだ。
彼らはダラールと同じ湾刀を片手に、森を蹂躙し始めた。
火をつけ、木や穴に住む動物たちを殺して回り、その光景はまるで戦争のようだった。
急いで隠れたリームたちは、彼らの会話から、どうやらラビアーナ国の軍隊だということを知る。
ラビアーナ国といえば、太古に失われた力――魔法の研究が盛んな国だ。
すでに長年の研究の成果から、魔法の力を持つ道具を世界中に売っていることも有名で、こんな砂漠の側にある森に用があるなんて思えなかった。
「あの人たちはどうして森を襲うの? このままじゃ、あたしたちも森に住んでいるみんなも殺されちゃう……」
せっかく手に入れた新しい生活。
それがまた人の手によって破壊されようとしている。
両親を失ったときと同じだ。
リームは涙が止まらず、呼吸をすることすら苦しくなっていた。
以前は自分の生まれた町で、今度は住んでいた森を襲われた。
軍隊には何か大きな目的があるのだろう。
やらなければいけない理由があるのだろう。
だが、子どもであるリームには何もわからないし、わかりたくもない。
「あいつらの狙いは幻獣だよ」
打ちひしがれていたリームの背中に、ダラールがそう言った。
彼女は言葉を詰まらせながらも話を続ける。
「たぶん、ルミーラが森にいることを知ったんだろう。あいつらは幻獣を捕まえるのが仕事なんだ」
ラビアーナ国は世界中にいる幻獣を捕まえて実験し、魔力を抜き取っている。
その魔力で作られた道具は、炎、氷、雷などの超常的な力を持ち、終わりのない戦争が続く現在ではどの国も欲しがっているものだ。
幻獣アルミラージであるルミーラもまた、そんな魔力を宿す道具を作るための生物。
ダラールは、まるで懺悔でも告白するかのように説明すると、リームとルミーラを置いてその場から離れていく。
彼女は腰に差していた湾刀を抜き、森を破壊し続けている兵士たちのところへ、その足を進め出していた。
「ダメだよ、ダラール! いったらあなたも殺されちゃう!」
リームが叫んで止めると、ルミーラもまた彼女に続いて大きく鳴いた。
彼女たちはどうしてダラールがラビアーナ国のことに詳しいのか。
なぜそんな話をしたのかわからないまま、ただ彼女を止めた。
ダラールは振り返ることなく、リームたちへ言う。
「わたしが時間を稼ぐから、あんたたちはその間に逃げなさい」
「ヤダ! ヤダよ、そんなの! ダラールも一緒に逃げよう!」
「わたしはラビア―ナ国の人間なんだよ……。だからこの森に奴らが来たのは、全部わたしのせいなんだ」
ダラールはまた話を始めた。
それはこれまでダラールが話したがらなかった、彼女の過去についての話だった。
ダラールはラビア―ナ国で生まれ、国の決まりで軍隊に入れられた者の一人だった。
戦いたくもないのに戦場に駆り出され、武器を使って恨みもない人たちを殺し、そして幻獣を捕まえ続けた。
そんな日々に嫌気が差したダラールは、ある日に隙を見て軍から脱柵。
それはちょうど魔導具の使用方法を、道具を買った国に教えた後でのことだった。
逃げた後は砂漠を何日も彷徨い、ダラールは命からがらこの森へとたどり着いた。
「皮肉なもんだよな。嫌になって逃げたわたしのせいで、ルミーラがいることをあいつらに知られてしまって……。あいつらの欲しがっている情報を与えてしまうなんて……」
「ダラールは悪くないよ! だからいかないで!」
リームはルミーラと共に叫んだ。
今は皆で逃げることを考えようと声を張り上げたが、ダラールは彼女たちのほうを振り返り、ただ笑顔を見せるだけだった。
「短い間だったけどありがとね、リーム、ルミーラ。おかげで楽しかった……。あんたたちは絶対に逃げ切って」
「ダラール!」
笑みをみせたダラールは、握っていた剣に力を込め、ラビア―ナ国の軍隊にいるほうへと走っていった。
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