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53・忌花
僕が花を好むせいか、桂さんはよく、僕に花を手土産にしてくれる。
その際花言葉や逸話まで教えてくれるので、僕は彼が花を持ち寄ってくるのが密かな楽しみになっていた。
「これは蝋梅。蝋細工みたいな半透明の質感をしているからこんな名前がついたらしい。甘くて優しい香りがするんだ」
「これはオレンジの花。知っているかい? 西洋では、花嫁とオレンジの花にはとても深い縁があるんだ」
「これはチョコレートコスモス。ピンク色のコスモスに比べたら見栄えは落ちてしまうかもしれないが、こうして鼻を近付けるとね、本当にチョコレートの香りがするんだ」
ふわふわと笑いながら、桂さんは愛おしそうに花を見詰める。その顔が余りに慈しみに満ちているものだから、僕までもますます花が愛おしく思ってしまうのだ。
この日も、帰宅すると自室の前に赤い花が置かれていることに気付いた。
桃の花に似たそれはふわふわとした見た目が可愛らしくて、きっとまた桂さんがくれたんだなと嬉しくなってしまう。
だけどその花を拾う前に、後ろから伸びてきた手が痛いほどに僕の腕を掴んだ。
「それは駄目だ」
振り返った僕はさらに驚くことになる。あの笑顔の耐えない桂さんが、怖い顔をして立っていたのだ。
「駄目なんだよ」
もう一度繰り返した桂は、それは私があとで処分するからと言って強引に僕を引き剥がす。
僕はいつもと様子の違う彼に戸惑いながらも、大人しく従うことしかできなかった。
結局あれは桂さんが置いたものではなく、それどころかシェアハウスの住人が置いたものでもなかった。
その事実だけでも十分不気味だけれど、桂さんの様子がどうしても気になっていた僕は、花の詳細を調べて背筋が凍りつくはめになる。
あの赤い花の名前は、夾竹桃。
葉にも花にも、そして燃やしたときの煙にも猛毒があるという、恐ろしい花なのだった。
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