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48・小さな冒険
買い出しから帰宅して真っ先に桂さんの部屋に遊びに行くと、彼は紫苑さんがドン引きするほどご機嫌でにこにこしていた。
どうしてそんなに嬉しそうなのか訊いてみると、昼間咲良が家を訪ねてきたんだと言われて首を傾げる。
「……僕、さっきまで出かけてたんだけど?」
「わかっているさ。まあ聞いておくれよ」
ご機嫌な桂さんいわく、いつものように部屋で仕事をしていたら僕が訪ねてきたらしい。
僕が外出中なのは当然桂さんも把握しているので、彼もおかしいとは思ったらしい。不思議に思いながら出迎えた桂さんは、やってきた僕の姿を見て思わず噴き出しそうになったのだとか。
「その咲良にはね、茶色の尻尾が生えていたんだよ」
「茶色の尻尾ぉ?」
思わず素っ頓狂な声を出せば、きっと子狸が化けていたんだねと返される。
「こんな人里まで降りてくるなんて、きっと小さな冒険気分だったのではないかな」
「ぼ、冒険……」
「だが途中でお腹を空かせてしまったようでね、なにか食べ物を恵んでもらおうとして私のところにやってきたんだよ」
桂さん、お腹空いたぁ。
僕に化けた子狸は、舌っ足らずな口調でそうねだってきたらしい。
「私はもうおかしいやら愛おしいやらで、顔がにやけそうになるのをこらえるのが大変だったよ。
なんとか尻尾には気付いていないふりをしておやつのチョコを分けてあげたんだが、洋菓子を食べるのは初めてだったようで、凄く目をキラキラさせてね。可愛かったなぁ」
「そ、そう……」
僕は複雑な気持ちで相槌を打つ。僕の顔をしているとはいえそれは子狸なのだ。僕自身のことを可愛がっているわけじゃない。
そのことにちょっとすねながら、僕はとりあえず、食べそこねたチョコをねだりなおすのだった。
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