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50・猫の騙し討ち
その猫と遭遇したのは、桂さんと買い出しに出かけていたときのことだった。
道の端っこに丸まって、一匹の三毛猫がのんびりと日向ぼっこをしていたのだ。
「猫だ!」
思わず叫んで近付けば、三毛猫はあからさまに迷惑そうな顔をして僕を避けた。それだけならまだいいけれど、僕からは逃げた三毛猫が当然のように桂さんの足にすり寄ったのを見てムッとしてしまう。
「あ、なにそれ! 桂さんだけずるい!」
「ずるくないよ。単に大声にびっくりしてしまっただけではないのかな」
なあ、と桂さんが話しかければ三毛猫はにゃあと返事をする。仲睦まじげなその光景にますます面白くなくなって、僕は小さな子供みたいにむくれてしまった。
「僕だってその子を構いたいのに……」
「まあまあ。今はただ警戒しているだけだと思うよ」
そう言いつつ、桂さんはかがんで三毛猫の頭を撫でてやる。三毛猫を撫でる桂さんのことも羨ましいけれど、桂さんに撫でられる三毛猫のことも羨ましい。いいなぁと思いながら眺めていると、ふいに桂さんが声をあげた。
「あ。この猫、猫又だ」
「えっ」
「見てごらん。尾が二つに分かれてる」
猫又。そんなの、猫好きにはたまらない妖怪じゃないか。
実物が目の前にあることに興奮した僕は、避けられているのも忘れて思わず身を乗り出してしまう。桂さんが焦って止めようとしていたけれどもう遅かった。間近で煌めいた三毛猫の眼が、驚いたように丸くなって。
その瞬間、鼻先でパンッ!と大きな音が響いた。
「ひょっ」
びっくりして変な悲鳴をあげてしまった僕の足元を、三毛猫がすり抜ける。
凄まじい勢いで逃げていった三毛猫の姿を、僕は衝撃で固まったまま見送ることしかできなくて。
「……今、猫に猫騙しされた……?」
呆気にとられながら呟けば、桂さんがこらえきれないというように噴き出すのだった。
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