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43話 残念令嬢やり返す。
倒れた机の上に敷いてあったテーブルクロスとマドレーヌの入っていた籠が地面に転がるが、リリーは腕を掴まれたままだったので地面には倒れず、前向きにそのまま引っ張られて暴漢に捕まり首に腕を回されてしまった。
「誰か警備兵を!!」
「リリー様がッ!!」
首を締められては敵わないので、瞬時に男の腕と自分の間に自分の握り拳を挟み込むリリー。
「お嬢様に傷を付けられたくなけりゃ、騒ぐんじゃねーよ」
「動くなよぉ、動いたらこのおきれいな顔に傷が付くぜぇ」
リリーを捕まえた男以外の二人がナイフを片手に周りを威嚇しながら叫んでいる。
「キャアアアアアァ!」
首に腕を回されたままリリーは素早く視線だけを動かして周りを確認した。
真っ青になり悲鳴を上げる貴族の子女達を紳士達が背に庇い、子供達をシスター達が両手で囲う様に守っているのがリリーの目の端に映る。
「おら、歩くんだよお嬢ちゃん」
男の腕に力が入り首を締め付けられて思わず咳き込むリリーを、無理に歩かそうとして引きずるように引っ張るせいで編み上げブーツの踵が地面にズリズリと引きずられてしまう。
周りをナイフで威嚇しながら、教会の門の方に移動していく男達を悔しそうに睨む子供達が遠くに見えた。
「コイツを連れてってキズモノにすりゃあ俺達の仕事は終わりだ、ヘヘッ」
下卑た声がリリーの頭の上でする。
「おい、馬は何処行った! 逃げられねえじゃねーか」
「え、3頭ともいないぞ、見張りは何処だよ」
「繋ぎ場がへし折られてるじゃねーか! 逃げたんだ」
口々に騒ぐ男達。
――成る程3人だけで、味方はいない訳ね。
リリーは素早く両手を男と自分の間から引き抜き、全身の力をダラリと抜いて男の腕からスルリと抜け出した。
「ばっ! 逃げられるッ」
「おい!? ッいいいいィ?」
「げえぇえええ! グホォッ・・・」
男達の怒鳴り声が終わらないうちに、リリーを捕まえていた男が彼女の背負い投げで宙を舞い、残り二人の背中に淑女姿のアルフィーのドロップキックが炸裂した・・・
×××
「フィリア、やり過ぎ・・・」
「・・・」
主犯の男はアルフィーの鉄拳を腹にマトモに入れられ泡を吹いて気絶した。
多分肋骨辺りが折れてるんじゃないかなぁ変な音がしたもんな、とリリーは思わず苦笑いをする。
残る二人は、アルフィーの凶器のようなハイヒールのキックを背中に喰らい悶絶していたが今は呼吸をする事を思い出したようで、縄で縛られたままグッタリしている。
誰かが呼んできた王都警備兵に向かって
「あの女、凶暴です・・・」
と、青い顔でアルフィーを指差して訴えていたが取り合って貰えるはずもなく、馬の見張りをしていたらしい男と一緒に鉄格子付きの馬車に詰め込まれた。
気絶した男は意識が戻らないまま馬車の床に警備兵達の手で放り込まれていた。
警備兵がでかい南京錠で馬車のドアに鍵をかけた後、
「事情聴取を後程お願いします」
と、敬礼をした。
アルフィーが隠していた馬達も証拠品として護送馬車と共に連れられ去っていく姿を、その場の全員で見送ったのである。
×××
「リリー、ゴメンよ直ぐに助けられなくて・・・」
アルフィーが泣きそうな声でリリーをぎゅうっと抱きしめた途端に彼女の身体から力がカクンッと抜けた様になり、身体が小刻みに震え始める。
「大丈夫、アルフィーがちゃんと助け出してくれる為に何かしてるんだって判ってたから」
リリーは周りを確認した時アルフィーの姿が見えなかった為、助け出すために機会を伺っているのだと確信していたのだ。
「初めてだったからちょっとだけ怖かったけど、頑張ったよ」
アルフィーの腕の中で震えながらニコリと笑うリリーは、流石アガスティヤ家の令嬢である。
子供の頃から緊急時の脱出訓練も怠らないのだ。
それでも怖かったことには違いないと判っているアルフィーは抱きしめたまま彼女の髪の毛を優しくそっと撫でる。
「うん。頑張ったね。偉いよリリー」
嬉しそうに涙を少しだけ溜めた瞳でアルフィーの腕の中で彼の顔を見上げるリリー。
「アルフィーの言った通り、やり返しちゃったね」
「あ~、ホントだ」
エヘヘと笑うリリーを見つめるアルフィー。その顔は苦しそうに少しだけ歪んでいた。
・・・因みにいつまでも抱き合う二人は異性同士だが、見た目は美しい令嬢二人である。
またもや勝手に広がる謎の百合空間に
「「「「お姉様方、素敵!」」」」
と周りを貴族のお嬢様達がウットリとした表情で取り囲み、
「「「「お姫様は強いんだ!」」」」
と子供達が納得して両手をぐっと握り、
「「「「「「怖えぇ・・・」」」」」」
と、紳士達が遠くから青い顔で眺めていたという・・・
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