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 俺は大沢を呼んだ。監督、と呼んだ。教えてください、と。まさに、唐突に。  何をだ。大沢がゆっくりと俺を振り向く。わずかに笑っている。何を教えればいいんだ、きちんと日本語を話しなさい。大沢は諭す、まさに高校教師である。  篤志くんは言葉が足りないんだよと、中学の頃付き合っていた女に常々言われてきた。その通りだ、言葉が足りない上にうまく出てこない。父ではなく大沢監督から教わりたいんですと、頭の中では文として成り立っているのに言葉となると全く成り立たないのはなぜなのか。  父という単語を出すのは憚られた。大沢はただじっと俺の言葉の続きを待っている。教師の目で。  だから俺は言った。速い球を、と。  勝手に口が喋った。速球の投げ方を大沢に問うていた。  失敗だった。のちに知ったことであるが大沢の現役時代の持ち味はコントロールであり、速球ではなかった。  お父さんに習いなさい。大沢は言った、優しく笑って。俺が教えられることは何もない、と。  父は豪速球投手であった。球速、球威で、その名を全国に轟かせた。  大沢の背中が遠ざかってゆく。
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