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この約3か月、櫻子様のお姿をいろいろ想像してみたりした。
きっと、清楚な美人に違いないと思っていた。
だが目の前にいる櫻子様のお顔は、僕が想像していたものとだいぶ違った。
目は少々タレ目で、おちょぼ口。
ふっくらと下ぶくれた頬は、まさにお多福。
以前、青木が冗談めかして言っていたっけ。
「オカメかもしれんぞ」の言葉がぴったり当たってしまった。
あぁ、そうか……櫻子様はオカメか……。
顔に出さぬように努めたが、僕は内心、落胆してしまった。
そのオカメの櫻子様が、僕にお茶を差し出した後、大炊御門侯爵の方へ、更に低めの声でにじりよった。
「旦那様、少々……」
え? あれ?? 旦那様?
侯爵のことを旦那様と言ったか?
ということは、このオカメさんは女中か!!
僕は思わず深く息を吐き、胸をなでおろして顔を上げた。
女中を櫻子様とまちがってしまった。
いや、よく見ればこの女中も縁起のよさそうな顔をしているではないか。
あぁ、でもよかった。
僕は、心の中の本音を出さぬよう、真面目な顔つきで侯爵と女中のことをみていた。
侯爵は、オカメ女中のただならぬ顔つきをみて、何事かお察しになったのか、一時退室する非礼を詫びながら席を立って、女中と共に障子の向こうへ消えた。
そしてすぐに戻ってきて、櫻子様の支度が手間取っているためしばらく待ってもらえるかと、青い顔をして頼まれた。
増田様も僕の父も、本日は時間を空けているので構わないと、侯爵に返事をした。
「あの櫻子嬢も年頃になって、めかしこむのに時間がかかるようになったか!」
増田様は豪快に笑った。
大炊御門侯爵は、ひきつった笑いを浮かべて、面目なさそうにしている。
めったに外出しない、僕の母もおめかしする時は、たいてい時間がかかる。
僕の父はそういう時も、せかしたりせずに「女とはそういうもんだ」と、おおらかに待っている。
主役の準備がまだなのなら仕方がない。
時間がかかっているので、ひとまず女中がお茶を出したのだろう。
お見合いの作法としては、このお茶は飲んでいいのだろうか?
少し、緊張がほぐれ、ホッとした僕は小用(※尿意)を催してきた。
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