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父からの呼び出し
「藤孝、お前ももう18だ。財閥を継ぐ者として、結婚は早い方がいいだろう」
イギリス製のチェスターフィールドソファに、ゆったりと腰かけた父が言った。
父の自室に呼び出された僕は、女中が入れたティーカップの紅茶を、思わずこぼしそうになってしまった。
「……えっ!? け、結婚ですか?」
「そう、実はもう増田様にお願いして、よきお相手を探していただいた。
春頃に一度『お見合い』という形でお会いするぞ」
「はぁ……」
僕はため息のような声を漏らし、持ち直したティーカップから一口飲み込んだ。
増田様とは、父が懇意にしている、男爵位を授けられた元・大実業家だ。
日本を率いる銀行業や、政府に関係する仕事までされていた。
今は家督をご子息に譲られ、茶器の蒐集(※趣味のものを集めること)などに勤しまれ、悠々自適の生活をしておられる。
我が父、一井 藤宗も男爵位を拝受しているのだが、父は若い頃から、増田様にお世話になっているとのことで、日ごろから頭が上がらない存在のお方なのである。
そんな大人物に、仲人をお願いしているとあっては、もう断れない。
僕の知らないところで、僕の結婚は決まってしまった。
僕の家は世間から「日本を率いる大財閥」と言われている。
この僕、一井 藤孝は、一井家の三男として生まれた。
僕は、生まれてから……いや、生まれる前から期待されて育ってきた。
三男ならば、本来は家を継ぐことはない。
しかし、僕が生まれる前に、2人の兄が夭折(※幼くして亡くなること)してしまい、僕が一井家の嫡子(※家を継ぐ者)となった。
不幸が2度も続き、沈んだ屋敷内で、生まれてきたのが「男」であったので、財閥全体で1週間ほどもお祭り騒ぎだったと聞く。
幼少期から、僕はトップに立つ男として教育され、そして期待に応えるべく、並々ならぬ努力を続けてきた。
僕は、日本のエリートの集まりである一高(※現在の東京大学の前身)を今年の7月に卒業し、その後は帝国大学へと進学する予定だ。
(※旧制高校である一高⦅旧制第一高等学校⦆と帝国大学は大正10年から4月入学に変更される。それまでは9月入学だった)
自分で言うのもなんだが、勉学の方も優秀だ。
試験の時などは、たいていガリガリと机にかじりついて勉強し、1番になる。
調子の悪い時は、友人の青木 充次郎に首席の座を渡し、2番についた。
勉強に励むのは学生の本分である。
だが「ガリ勉」は格好悪い。
そのため周囲には、余裕の表情を見せつつ、実は努力をしているのだ。
本当に遊んでいるように見えるのに、成績が良い青木よりも、努力家な僕は偉いなと思う。
……余談だが、にじみ出る僕のまじめな気質が、結果周囲からは「がりい」(ガリ勉+一井)と陰で言われていることを僕は知らない。
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