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犬猿の仲?
目を見開き、表情が固まってしまった母に、一瞬の沈黙のあと、アメリアさんが声をかけた。
「セツコさま、オヒサシブリです」
その顔はいつもの優しい笑顔がこわばり、緊張していた。
「……ご無沙汰しております、アメリアさん……撫子さん」
母は、息をのんで、小さな声で言い、僕の顔を見た。
僕はどんな顔をしていいものかわからなかったが、母に頷いた。
櫻子さんはただならぬ雰囲気に、はしゃぐのを抑えて皆の顔を見ている。
撫子さんが意を決したように、前へ出て低い声で言った。
「奥様、お話がございます。おと……旦那様はいらっしゃいますか?」
撫子さんは、母や僕に遠慮してか、父のことを「お父様」といつものように呼ばずに「旦那様」と言った。
「えぇ。おりますわ。……島田さん、主人に知らせてください」
家令の島田は、ドアを押さえたまま母に「かしこまりました」と一礼した。
島田はドアが閉まらないように完全に開け放ってから、応接間へと急いでいった。
母は、みんな屋敷内に入るように言い、アメリアさんは車夫に車賃を支払って最後に入った。
僕が振り返ってみると、アメリアさんと母が話していた。
「……撫子さん、大きくなりましたね」
母の方から話しかけられたアメリアさんは、うるうると青い目を揺らした。
「フジタカは、若い頃のフジムネに似てる。そしてとてもイイコ」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
あれ? 二人、仲が悪いわけではないのか?
勝手な想像だったが、母とアメリアさんは、正妻と妾という立場上、犬猿の仲(※仲が悪いたとえ)なんだとばかり思っていた。
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