622人が本棚に入れています
本棚に追加
勢揃いの応接間
僕たちはぞろぞろと列をなして廊下を歩き、応接間に入った。
父は、先ほど櫻子さんが入ってきたときとは違って、ソファーから立ちあがって僕たちを出迎えた。
「アメリア、撫子、久しぶ……、
な、撫子! どうしたんだ!? その髪!」
撫子さんは仏頂面で、父に軽くお辞儀をして髪をかきあげ、父の問いかけには答えなかった。
すごいな、父に対してこの態度。
僕は信じられない思いで撫子さんを見ていた。
父は、増田様に肩をすくめて見せて笑っている。
「わしのことは覚えておられるかな? アメリアさん。あの小さかった女の子がこの子か?」
増田様がソファーに腰かけたまま、アメリアさんにニコニコと話しかけた。
「マスダさま、もちろん、覚えています。ナデシコも16才になりました」
アメリアさんは、増田様に微笑み返す。
「おぉ~、日本語もとても上手になられましたな」
へぇ、撫子さんは僕の二つ年下なんだ。
増田様ともこの母子は面識があるようだな。
「ナデシコ、Baron(※男爵)マスダよ。アナタが小さい頃に会っているのよ」
「……増田男爵様、ご無沙汰しております。撫子でございます」
撫子さんはゆっくりとお辞儀したが、ニコリともしなかった。
増田様は、まったく気にしていない様子で撫子さんにも笑いかけながらおっしゃった。
「ハハハ、わしのことは覚えておられんでしょう。美しくなられましたなぁ」
撫子さんは「いえ」と一言いっただけで、何もしゃべろうとしない。
増田様と僕の両親、撫子さん母子、そして櫻子さんと僕の総勢7名となった。
洋室の応接間は、フランス製のロングソファーが2台と、一人掛けのソファー1台が、同じロココ調で揃えた楕円形のセンターテーブルを、コの字に囲んで並んでいる。
父は、以前撫子さん母子との面会のときも、その場にいらっしゃったという増田様にも、第三者としてご意見を伺いたいと、そのままいてくださるようにお願いした。
増田様は了承され、櫻子さんの2倍の面積を有しそうな大柄な体で大きなソファーにゆったりと座って、その隣に父が座った。
その対面のロングソファーへ、アメリアさんと撫子さんが座り、母は下座(※ドアに近い方)に女中が持ってきた椅子へと席に着いた。
女中がもう一脚椅子を持ってきたので、僕はその椅子に座って、隣の一人掛けソファーを櫻子さんに勧めた。
「まぁ! ワタクシがその椅子に座りますから、藤孝様がその大きな椅子(一人掛けソファー)にお座りになってくださいませ。
そもそも、ワタクシはこちらで一緒にお話を伺ってよろしいのかしら?」
大きな黒い瞳で小首をかしげる櫻子さんはとても可愛らしかった。
しかし、うーん、そうだな。櫻子さんも聞いていいんだろうか?
僕は父を見ると、父は頷きながら、
「先ほど申しました『家の事情は他言しない』ということを守れるのであれば、藤孝と一緒にお聞きなさい。
櫻子さん、あなたは一井家の人間となる方ですからね。
島田、大炊御門家へ櫻子さんは無事だと電報を出しておきなさい」
父は抜かりなく島田へ指示を出し、ソファーを譲り合っている僕と櫻子さんにも、僕がソファーへ座るように促したので、僕はそれに従った。
僕たち7人は、草花を模した曲線が美しいロカイユ装飾を施した大きなセンターテーブルを囲んで座った。
僕がソファーに座る頃には、応接間のドアをノックして入ってきた女中たちがお茶を出しにきて、てきぱきと仕事を済ませると静かにドアを閉めて出て行った。
父がスッと息を吸い、皆へお茶をすすめる。
日本茶がお好みである増田様に合わせて、家ではめずらしく玉露(※甘みとコクのある高級緑茶)だった。
湯呑の蓋をとり、爽やかな香りが立つと、一口含んで飲んだ。
うん、たまには緑茶もいいなぁ。
少し、落ち着いた気持ちになった僕に、父が尋ねた。
「藤孝、撫子のことはいつ知ったんだ?」
僕はまた一気に緊張感が増し、玉露で甘くなった唾をゴクリと飲み込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!