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正直すぎる櫻子さん
父から撫子さんたちをいつ知ったのか聞かれて、皆が一斉に僕を見た。
こうなったら仕方がない。もう、何もかも正直にお話しよう。
僕はアメリアさんと撫子さんを見て、頷いた。
「父様、僕がアメリアさんと撫子さんのことを知ったのは昨日です。
偶然知りました」
父はちょっと眉を上げて言った。
「昨日? どうやって知り合ったんだ?」
「あの……ですね……代々木にある馬場で、撫子さんが馬術の練習をなさっていると聞いて……友人の青木と一緒に行きました」
父はさらに首をかしげて聞いた。
「なんで撫子の馬術の練習を見に行ったんだ?」
あ、えーっと、それは……櫻子さんが恋におちたと言うほどの美しい女性を見に行こうということに……。
正直に話そうと決心はしたものの、先日お見合いした結婚相手が同性愛まがいのことを仰ったと、本当に正直に話していいものか言いよどんでいると、櫻子さんが横から可愛らしい声で無邪気に言った。
「もしやワタクシが、撫子様のお馬に乗られているお姿に恋をしたと申しましたから、藤孝様は会いにゆかれたのです?」
そこにいる全員が、驚いて絶句した。
わっ、櫻子さん! そんな正直に皆の前で言ってもいいのか?
一瞬の間のあと、増田様がクックックと笑いだし、場の緊張がなごんだ。
「櫻子嬢は、相変わらず奇想天外(※思いもよらない奇抜なこと)ですなぁ。
だから、まじめな孝坊の結婚相手には、かえって合うんじゃないかと思ったんだがな。
はっはっはっ! そうか、先に撫子さんの方に、櫻子嬢は惚れてしまったか」
結婚の仲人である増田様が、数ある令嬢の中から僕の結婚相手に、櫻子さんを選んで勧めたのにはそんな理由があったのか。
まじめに生きてきてよかったー。
そうでなければ、こんなに可愛らしい櫻子さんとは出会えなかったかもしれない。
でも……櫻子さんって、もしかして案外思ったことがすぐに口に出てしまう質(※タイプ)なのだろうか?
素直で可愛いんだけれど、たしかに増田様の仰るとおり『奇想天外』だなぁ。
僕、櫻子さんについていけるかな……。
撫子さんは、淡い青い瞳で櫻子さんを頭の先から足の先まで凝視している。
昨日の女学生たちは「S」が流行っていると言っていたが、どうも撫子さんはそっちの方には興味がなさそうな目線だ。
そして、父の方を怪訝な顔をして聞いた。
「藤孝様はご結婚なさると聞きました。そのお相手がこちらのご令嬢なのですわね?」
撫子さんは父の方へ聞いたのに、櫻子さんは椅子から立ち上がって顔を赤らめながら言った。
「大炊御門 櫻子と申します。
先月、馬場でお見かけし、素敵なお姿に憧れましたの。馬上からワタクシに手を振ってくださったでしょう?それでワタクシ胸がキュンと高鳴りましたの!」
櫻子さんにまた目を向けた撫子さんは、ちょっと困惑したような様子。
「手を振った…? 覚えがございませんわ。
よく集まって馬場の柵の外からご覧になっている女学生や男子もいらっしゃいますけれど、私、その方たちは美しい馬の姿を見にいらしているんだと思って、存じ上げない方に手を振ったことはございませんのよ」
「まぁ、お顔の前で、こう……優雅にお手を振られましたのに」
櫻子さんは、右手を上げて顔の前でゆっくりと動かした。
「……もしかしたら、あなたに手を振ったのではなく、飛んできた虫を払っていただけかもしれませんわね」
撫子さんは表情を変えずに櫻子さんへ言った。
櫻子さんは、ますます赤くなり「……まぁ、そうでしたの……」と小さく言って椅子にストンと座った。
ちょっと、櫻子さんがかわいそうに思えた。
だって、恋におちた仕草が、ただ虫を払っていただけだったなんて。
もうちょっと、撫子さんも言い方を遠回しに言ってくれたらいいのに。
しかし、あんなに撫子さんに向かってキャーキャーと歓声を上げていた女学生たちを、まさか馬を見に来ていると思っていたなんて。
撫子さんは結構鈍感なんだな。
僕が櫻子さんから目を離すと、テーブルをはさんだ対面に座っている母と目が合った。
あ、なんか母様怒ってる?
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