くすぐったい気持ち

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くすぐったい気持ち

 急に撫子(なでしこ)さんの前にひざまずいた櫻子(さくらこ)さんに驚いたが、ソファーに座っている撫子さんを見ると、真っ青な顔をして腹を押さえている。  あれ? 腹が痛いのかな……?  櫻子さんは、うつむいた撫子さんの顔を(のぞ)き込むようにして言った。 「撫子様、お加減がよろしくないのですわね?」  アメリアさんも驚いたように、櫻子さんを見ていたが、撫子さんの様子に気づいて、撫子さんの肩を持った。 「ナデシコ! やっぱり痛いのガマンしてたのね」  アメリアさんはこぼれた涙を手でぬぐって立ち上がり、櫻子さんに「ありがとう」と言うと、撫子さんの肩を支えて立たせた。 「セツコさま、少し休めるかしら」  母も立ち上がって、撫子さんとアメリアさんの3人は応接間から出ていった。  先ほど、撫子さんから冷たくあしらわれたのに、櫻子さんは心から撫子さんを心配している様子だった。  櫻子さんは人の機微(きび)(さと)く(※人の感情や物事の些細(ささい)な変化によく気づくこと)、優しい人だなと僕はまた惚れ直した。 「撫子様、どうなさったのでしょうか……」  櫻子さんが独り言のようにつぶやいた。  そういえば、昨日青木が「メンス(※月経・生理のこと)だよ」と教えてくれた。 「あぁ、メン……」  僕も青木が言ったように、「メンス」だと言おうとしたが、ちょっと待て。 さすがに恥ずかしい。  あの青木でさえも、あの時アメリアさんに聞こえないように僕に耳打ちしたんだ。  この僕が、女の子……しかも好きな子にむかって、「メンス」と女性特有のことを言うのは、非常に気恥ずかしく言えなかった。  僕は取り繕うように、冷や汗をかきながら笑ってごまかした。 「あ……あぁ~……どうしたのでしょうね~ハハハ……」 櫻子さんは、艶やかな髪を揺らしながら首をかしげて僕を見て、また同じ椅子に座った。  父が櫻子さんに、笑いかけながら言った。 「ご心配くださってありがとう。  時折あのように腹が痛くなるようなのですが、医者にみせると大人になって子どもを産めば良くなると言われたそうです。  大丈夫ですよ、少し休めば痛みも落ち着くでしょう」 「まぁ、子どもを……」 櫻子さんは驚いたような表情で、それ以上何も言わなかった。  メンスって、腹が痛くなったり血が出たりと大変なんだなぁ。  しかし、子どもを産めば良くなるのか?  櫻子さんも撫子さんみたいに腹が痛くなったりするのだろうか?  僕は女性の体のことがわからず、想像もつかないので今度きちんと勉強しようと思った。  学校の蔵書に確か医学に関する本がいくつかあったはずだ。  僕が、学校の図書室を頭の中でめぐっていると、湯呑(ゆのみ)を手にお茶を一口すすった増田様が聞いてきた。 「孝坊(たかぼう)、お父様の事情は承知できるか?」  僕は、父と目を見合わせて、増田様に答えた。 「過去の事情は分かりました。これまで、僕に隠し事をなさって父も母もお辛かったと思います。  撫子さんが妹……という実感はまだありませんが、母がああいってアメリアさんと撫子さんのことを許容しているのなら、僕は何も言うことはありません」  増田様は大きく頷き、父は「ありがとう、藤孝」とつぶやいた。 「世津子さんは心の大きい方だな、藤宗(ふじむね)君。  ますます大事にしてやらんといかんぞ」  増田様はいつもの調子で豪快に笑った。  櫻子さんも、胸の前で指を組み合わせて、可愛らしい笑顔をみせる。 「本当に、お母様はとても素敵な方ですわ。ワタクシ、お母様のこと好きになりました!」  自分の母のことを、櫻子さんに好きだと言ってもらえて僕も嬉しくなった。 僕と櫻子さんはお互いの顔を見て微笑みあった。 「こうして見ると、孝坊(たかぼう)も櫻子(じょう)も美男美女で本当に似合いの二人だなぁ」  増田様が笑顔で僕たちに言って、胸がくすぐったかった。
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