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撫子さんの変化
増田様と父の話し合いで、結納納めと結納返しの日取りも決まった。
増田様が、両家を重んじて、結納も正式に行うべきだと仰って下さった。
僕も知らなかったのだが、結納のときこそ仲人が一番忙しいらしい。
まず、結納納めは、仲人が新郎側から結納品を預かって、新婦側へ持っていき、受書をまた新郎側へ持参し手渡す。
そして結納返しは、仲人が新婦側から結納返しの品を預かって、新郎側へ持っていき、受書をまた新婦側へ持参し手渡す。
仲人である増田様は、一井家と大炊御門家の両家を行ったり来たりしなければならないので大変だ。
そして、新郎側でも、新婦側でも預かった結納品やその受書を持っていくたびにもてなされる。
結納の儀式だけで合計4回も歓待(※ごちそうなどでもてなすこと)を受けなければならないので、僕だったらちょっとウンザリしそう。
僕が、結納の手順を聞いていて、思わず辟易した顔(※嫌気がさした顔)をしていたら、増田様は、子どもの頃から可愛がっている僕と櫻子さんのためなら、何も大変とは思わないと笑っていた。
おおかた、結婚式や結納の話が終わり、僕は櫻子さんを大炊御門邸までお送りすることになった。
おもわぬ母子の乱入で、櫻子さんをお送りするのが遅くなってしまった。
先ほど父が島田に命じて、大炊御門家へ電報を打っていたが、もう届いただろうか?
撫子さんとアメリアさんのことも、結局はアメリアさんの思い違いで「僕にバレたら帰国する」という約束はなかったわけだし。
母自身がアメリアさんや撫子さんをあのように認めて、父とも仲良くやっていけるのであれば、もう何も問題がない。
あとは、撫子さんが意固地になってイギリスへ帰るだの、1人で暮らすだの言わなければいいのだが……。
櫻子さんと2人で増田様と父に挨拶をして、応接間を出る。
僕は家令の島田を呼び、櫻子さんを送っていくから車を玄関まで回すように伝えた。
櫻子さんが、僕の肘あたりの袖をちょんちょんと引っ張り、僕の顔をじっと見上げながら聞いた。
「撫子様はどこでお休みされていらっしゃるのでしょうか?」
その仕草の愛らしさに僕は思わず抱きしめたくなったが、グッと我慢した。
僕は平静な顔を装って、島田に聞くと2階の客間に母とアメリアさんもまだ一緒にいるそうだ。
ご挨拶して帰りたいと櫻子さんが言うので、僕たちは2階へ上がり、洋間で一番広い客間のドアをノックした。
「はい」と母の声がして、やや間があってから母がドアを開けてくれた。
櫻子さんは丁寧にお辞儀する。
「お母様、撫子様のご様子はいかかですか?」
後ろからアメリアさんも来て、深くお辞儀して、部屋の中に入るように言った。
「えぇっと……サクラコ? さん。ナデシコを心配してくれたの? ありがとう。
フジタカも、今日は急にきてごめんなさい」
その時、僕たちの声が聞こえたのか、撫子さんも奥の寝室になっている部屋から出てきた。
先ほどよりも少し顔色は良くなっているようだった。
撫子さんは僕たちを見ると、ふわっと見たこともない笑顔になった。
「大変、ご無礼致しました。藤孝……お兄様、櫻子様」
えっ? ん? お兄様と僕のことを呼んだか?
どうしたんだ? 撫子さんに何があった?
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