571人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
お茶を運んできた櫻子様
想像していたよりも、落ち着いた低めの声。
大人の女性のような櫻子様の声が、障子の向こうから聞こえると、僕は思わず下を向いた。
うわぁ、やっぱり侯爵家令嬢ともなると、落ち着いた女性なのだろうか。
スッと障子が開いた。
昼前の明るい陽射しが、正座している僕の、膝の上で握りしめている両手まで射し込んできた。
今日はずいぶん暖かくなり、春の柔らかな明るさが心地よい。
暑くはないのだが、僕は握りしめた拳の中で、しっとりと汗をかいていた。
僕は下を向いたまま、ドキドキと胸を鳴らす。
櫻子様は手慣れた感じで、増田様にお茶を差し出し、次に僕の父にお茶を出した。
その所作のたびにかすかに聞こえる、衣擦れの音を集中して聴いていた。
あぁ、櫻子様が動いている……。
僕は高鳴る胸を右手で押さえ、近づいてくる櫻子様の膝元をチラリと見た。
濃い小豆色で格子(※チェック)柄の着物が見えた。
ん? ずいぶんと質素な着物をお召なんだな……?
とうとう、僕の前にお茶が差し出された。
僕は、意を決して、そおっと顔を上げて櫻子様の顔を見てみた。
最初のコメントを投稿しよう!