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お嬢様の無慈悲な告白
「ワタクシ……お慕いしている方がおりますのっ!」
豪華な振袖姿で突然走り出した、僕のお見合い相手が、僕に放ったこの一言。
予想外に足が速い、生粋のお嬢様である大炊御門 櫻子様を、
走るのが苦手な僕、一井 藤孝は懸命に追いかけた。
そして、やっと追いついた僕に、好きな人がいるとの無慈悲な告白。
僕は驚きすぎて、声も出なかった。
息が上がってうまく声がでなかった……ともいえる。
満開の桜の木からは、はらはらと音もなく花びらが散り、僕と櫻子様の間には、僕の「はぁはぁ」という荒い呼吸の音が響く。
僕は、やっと掴んだ櫻子様の振袖の袂を握りしめたまま、息を整えた。
つつがなく終える予定だったはずの、僕のお見合い。
それが、お見合い相手と、追いかけっこになってしまった。
事のはじまりは、今年の小正月(※1月15日)も過ぎ、すっかり『大正8年』と呼ぶのにも慣れた、ある寒い日。
僕の生家(※生まれた家)である『大財閥 一井家』の、広い西洋風屋敷。
その東奥に位置する、父の自室へ呼び出された。
父の部屋の、重厚な総ケヤキでできた両開きドアを開けた時には、これから僕の人生観が変わってしまうことになるとは、想像もできなかった。
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