1.ボイスな出会い

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「いやね、それが」 おばちゃんが再び手をこまねく。 「分かんないのよ。キャップを目深にかぶってるとかで」 「へぇ」 「しかも、寝ちゃってて起きないらしいのよ」 「……はぁ」 はて、いったいどんな状況か。 言われた言葉のままを想像するに、芸能人らしい人がこの先で寝ている? 「どこで寝てるんですか」 「ベンチらしいよ。券売機の前にある」 ここはギリギリ有人駅だが、そんなに大きな駅でもない。 小さな駅舎の中、二つある改札機の横、駅の職員さんたちがいる小さな部屋があって、その前にこれまた二つの券売機。 その券売機の前に、平仮名の「に」のように置かれたベンチがある。 そのベンチで寝ている、というので、壁につけて置かれた「に」の一画目にあたるベンチを思い浮かべた。 「それで、こんな人だかりができている、と」 だんだんと、ただの迷惑な話に思えてきた。 芸能人らしい、という口ぶりと、寝ていて起きない、という状況から、撮影でやってきたわけではないのでは、と推測する。 プライベートで来ているのなら、そっとしておいてあげるべきだし、というか最初からバレないように来てほしい。 とはいえ、商業地域でないのだから、誰かに会いにきたのであろうことは明白だろう。
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