1、Dom/Sub。

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目が覚めると、太ももの内側や腰が僅かに痛み始めていた。うぅ、と唸りながら体勢を変えて隣を見ると、颯太が眠っていた。薄暗い部屋の中でもハッキリと顔が見える距離で一瞬ドキッとしてしまう。そして眠る前の一連を思い出して一気に目が覚めた。 (俺、あの後寝ちゃったんだ……。情けないな) 恥ずかしさを越して落ち込んでしまう。あの後颯太はひとりでどうしていたのだろうか。そう思い辺りを見渡すと、荷物が整頓されていることに気がついた。更には体に不快感が無く、毛布がかけられていたから冷えてもいない。颯太が眠っている間に全てを済ませてくれたのだろう。そう考えながら毛布から出て、丁寧に畳まれていた服を手に取った。 (……大学、結局丸一日サボっちゃったな) けれど悪い気はしなかった。 今まで真面目に生きてきた分、学校をサボった上にああいう行為をしたという事実に、ワクワク感すら覚えていた。誰にも言えない二人だけの秘密が出来たようで嬉しかったのだ。 ひと通り服を着終えた後、ベッドで眠る颯太を見つめる。 (こうして見ると寝顔は子どもっぽいな) 普段は見せない隙のある顔に、ついイタズラをしたくなる。悠陽は颯太の頬をツンとつついてみた。すると颯太は眉をひそめる。悠陽はクスクスと控えめに笑うと今度は颯太の頭を軽く撫でた。何回も優しく撫でていると、愛しさが心から溢れそうになる。 普段は自分より背が高く、表情を見ても何を考えているのか分からず、性格も未だに把握しきれない颯太がこうしていると、可愛く思えて仕方がなかった。悠陽はこの姿を他の人に見られたくはない、そう思うと自分の気持ちに違和感を感じる。 (独占欲? 束縛心? わからない。でも重いだろうな、こんなこと思うなんて) 颯太が他の人に笑いかけていたり、優しくしている姿を想像しては掻き消し、自分だけが特別扱いされたいと考えるようになっていた。 その気持ちを抑え込むように考えることを辞める。 悠陽は颯太の前髪を上げて、額にキスをした。 (……俺だけがここにキス出来るんだと思いたい) 「……おはよ」 「わっ、起きてたの?」 急に目を開けた颯太に驚き心音が早くなる。まさか起きているとは思わなかった悠陽は、今までの行動を思い返して恥ずかしくなる。 「な、いつから……」 「キスでお目覚めって、定番じゃない?」 「それは普通、口にされたら目覚めるんじゃないの?」 「……そうか。じゃあもう一回。おやすみ」 そう言って颯太は目を閉じた。悠陽はムッとしつつも顔を近づけて唇にキスをした。 「可愛いキス。こんなんじゃあ本当に寝てたら目が覚めないよ」 「俺で遊ぶな」 「可愛いのが悪い。そんな反応するから、いじめたくなる」 颯太は起き上がり毛布から出ると、放りっぱなしになっていた服を手に取った。 (あれ? 俺の服だけわざわざ畳んでくれてたんだ) そういう優しいところを見てしまうと、さっきのことも許してしまいそうになる。悠陽は、颯太がからかってきて楽しそうにしている姿を見るのが嫌いではなかった。 自分の事で喜怒哀楽、感情が動いているのだと思うと何なら嬉しいとすら感じてしまう。 「悠陽可愛かったな。またしたくなる」 「あ、あんなこと、高頻度でしてたらおかしくなる」 「俺は毎日でもいい。毎日一日中してたい」 「……変態」 「悠陽は嫌なの?」 颯太は悠陽をじっと見つめて答えを待っている。相変わらず何を考えているのかわからず翻弄されっぱなしだった。 「嫌とか……じゃないけど、流石に毎日は無理だよ」 「ふぅん。一緒に暮らして毎日毎日ああいうことしたいって思ってるのは俺だけか」 「その言い方だと俺が冷たい人みたいになってる」 「じゃあここに住んで毎日してくれる?」 颯太は悠陽の目の前に行き顔を近づける。近すぎて相手の顔がボンヤリとするくらいの距離で、悠陽は顔を逸らした。 「い、や……それは」 「……なんて、ごめん。からかいすぎた」 颯太は悠陽の頬にキスをする。ビックリして颯太の方を向き直した悠陽に、今度は唇にキスをした。悠陽はやられっぱなしの悔しさすら、もはや感じなくなってきていた。颯太は大袈裟に表情を変えることはないけれど、それでも楽しそうにしていることは伝わってきていた。 「……もう」 「でも、一緒にいたいって言うのは本当だから。毎日起きたら直ぐにおはようって言いたい。おやすみって言って同じ布団で眠りたい。それは冗談じゃないから」 「……颯太」 「何もかもを急かすつもりはない。さっきの行為だって、それ以上のことは悠陽がしたくなったらする。無理に進めないから安心して」 颯太はそう言うと、悠陽の頭をわしゃわしゃと撫でた。時折見せる真剣な表情、冷静な声のトーン、そういった真面目に話す姿にドキドキしてしまう。颯太が本気で好きだと思ってくれているのがこれでもかというほどに伝わってくる。 真っ直ぐな愛情を向けられると、心がくすぐったいような気がして落ち着かなくなる。 「わかった、ありがとう。俺も颯太となら、少しづつ前に進める気がする」 「そんなこと言って貰えるの嬉しい。俺の事、Domだってこと関係なく本気で好きにさせてみせるから。俺無しじゃいられないくらいに」 「Domだから一緒にいる訳じゃない。俺は颯太だから一緒にいるんだよ」 悠陽はダイナミクスを理由にされるのは悲しいくて、考えるより先に言葉に出ていた。長年のコンプレックスであった“それ”に、恋愛感情まで振り回されたくないと思っていた。Domだから、Subだから惹かれ合うのではなく、颯太だから、俺だから惹かれ合う。そうありたいと願っていた。 「……悠陽、ごめん、ありがとう」 颯太は悠陽を強く抱きしめる。ありがとうと言った言葉は少し震えていた。悠陽も腕を回して抱き締め返した。 (ダイナミクスがあるせいでこんな悩みが増えているんだ。そんなの気にならないくらい余裕が持てたらいいのに、お互いに) 苦しいくらいの力で抱き締められている今は、酷く心が落ち着いている。 ◇◇◇◇◇ 二人は外に出て近くの喫茶店に寄ることにした。ついでに遅めの昼食を済ませようという話になっていた。 その喫茶店は、悠陽のお気に入りの喫茶店とは違って人の出入りが頻繁で、割と賑やかな雰囲気だ。家族連れや恋人同士、他にも仕事や勉強をしている人もいる。 様々な絵画が壁に飾られていたり、観葉植物が置かれている店内はとてもオシャレで、店員さんも髪色が自由なようで、金髪に留まらず青い髪の人もいた。 悠陽はアイスコーヒーとサンドイッチのセット、颯太はキャラメルラテとパンケーキのセットを注文した。 (にしても、颯太は相当な甘党なんだ。見ているだけで胸焼けがする) 「いただきます。悠陽、それだけでたりるの?」 「うん。夕飯もあるしそんなに食べすぎないようにしたいから」 「そっか」 「颯太はそのパンケーキ、随分大きいのが三枚重なってるけど食べ切れるの? それにフルーツと生クリーム……アイスまでのってる」 「俺、こういうのめちゃくちゃ好き」 颯太はパンケーキを大きな一口サイズに切り分けて、生クリームをたっぷりとのせてから頬張った。悠陽はそれを見ながら、たまごサンドを食べ始める。表情には出さないものの、悠陽から見ると颯太は目を輝かせているように思えた。 「颯太は甘いものが好きなんだね」 「そうかも。意識したことは無いけど、言われてみたらそんな気がしてきた。悠陽は?」 「俺はそんなに得意な訳では無いかな。食べるとしても、少しだけ」 「甘いもの好きそうな顔してんのに」 「どういう顔?」 二人は楽しく会話をしながら食事をする。 悠陽にとって、この時間はとても幸せな時間だった。相手にここまで気を許したことはなかった。気取らず演じず、ありのままの自分で居られることがなによりも幸せに思える。相手を気遣い会話を進めることが無いため気疲れが起きない。 (颯太にとっての俺もそんな感じだといいんだけど) 「悠陽、あーん」 「え、いいよ。そんな生クリームがたくさんのってるひと口を貰うなんて申し訳ないし」 「俺の好きなものを共有したい」 「わ、わかった」 生クリームがのっかりすぎてパンケーキが見ていない。どちらをメインにしているかわからないひと口を差し出された悠陽は、口を開けてそれを食べる。 「どう?」 「ん、んーん」 「よかった」 口いっぱいにパンケーキを含んだため、言葉で伝えられなかったが、颯太は満足そうにしていた。悠陽は見た目以上の甘さを誇るそのパンケーキをひとくち食べただけで喉が焼けそうだと思った。メイプルシロップもたっぷりとかかり、バナナものっていた。パンケーキ自体もとにかく甘かった。悠陽はブラックコーヒーで一気に飲み込んだ。 「す、すご。こんなに甘いんだ」 「美味しいでしょ。悠陽のサンドイッチもひと口ちょうだい」 「いいよ。たまごでいい?」 「ん。たまごがいい」 悠陽は手に持っていたサンドイッチを颯太の目の前に持っていくと、颯太は控えめにひと口食べる。 「うん。美味しい」 「もっといる?味変になると思うし」 「大丈夫、ありがとう」 颯太はそう言うと、再びパンケーキを食べ進める。 (食べる姿が気持ちいいな。こんなにむしゃむしゃと食べてると、色々食べさせたくなる。食べ放題とか行ったら面白そうだな。俺は料理、したことないしな……) 悠陽は当たり前の様に、今後の予定を考えていた。颯太とあれしたい、ここ行きたい、そう考えているだけでこれから先が楽しみになる。 自ら特定の人物と何かをしたいという気持ちを抱くのは初めてで、少し気恥しかったが、それ以上の期待が悠陽の心を埋めつくしていた。 (颯太となら、自然体な俺でいられる) もっと自分を知って欲しい。 本当の自分を見てほしい。 みんなにとっての理想の“戸村悠陽”では無く、ありのままの“戸村悠陽”を好きになって欲しい。 いつの間にか颯太に対してどんどん心を開いていた。それどころか、心の深い部分にまで触れて欲しいと思っていた。
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