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私は蝶になりたい
一依(イチエ)が通う学校へ近付けば近付く程気分が落ち込んでいく。 少しずつ増えていく華やかな生徒たち。 それに比べて自分のなんと地味なこと。
美容専門学校へ行けばこんな自分でも変われるのかと一縷の望みをかけていたのに全くそのようなことはなかった。 もちろん何もせず手をこまねいていたわけではない。
ただどうしても垢抜けようとすればする程おかしな方向へ行ってしまい上手くいかない。 それで笑われたことがトラウマでまた以前のような地味子から抜け出せなくなってしまった。
―――これさえあれば、何とかなると思っていたのに。
朝水仕事をして赤くなっていた手が次第に白さを取り戻していく。 スキルと呼ばれる特別な力。 唯一と言っていい一依の技能。 ただ形こそ違えど美容専門学校へ通う人なら誰しも持っている。
そして一依の持つ技能は他の生徒に比べるとあまりに地味だった。
―――せめて人にも使えたらよかったのに。
そのようなことを考えているうちに学校へ到着し、廊下を歩いていると前から来た女性集団とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
「・・・一依ね。 顔が見えなくても貴女の酷い格好ですぐに分かったわ」
半笑いのリーダーの女性の声を聞き、俯いていた一依は顔を上げる。
―――いつ見ても本当に綺麗・・・。
彼女の名は小巻(コマキ)といい一依と同じ一年生でクラスメイト。 だが二人が並んで同い年と思う人間はそういないだろう。
この専門学校生の中で学年を越えて一番の美人と言われていてファンクラブまであるらしい。
「ボサボサで不揃いな眉に歪んで不均一なアイライン。 アイシャドウは傷んだバナナみたいな色でマスカラは蟻の触角のよう」
言いながら小巻は一依の眼鏡をクイと上げた。
「いつの時代の品かも分からない古臭い眼鏡によってある意味で完成されているわね。 物珍しい輩には受けそう」
「・・・」
「テレビでよくあるビフォーアフターのように、廃屋を生まれ変わらせてあげましょうか? 掘っ立て小屋くらいにはなるかも」
そう言うと小巻を取り巻く彼女たちが言った。
「よしなよ、小巻。 時間の無駄だって」
「そうそう。 こんな子に小巻の時間を使わせちゃ勿体ない」
「ふふ、二人共アタシを気遣ってくれるなんて優し過ぎよ。 本当にどうして一依みたいな子が美容学校にいるのかしらね?」
三人は笑いながら教室へと入っていった。
―――・・・折角あんなに可愛いんだから私みたいなのに構わなければいいのに。
そう思いながら窓に映る自分の顔を見た。
―――・・・でも小巻さんが言っていることは正しい。
―――分厚い瞼は無理矢理二重にして見苦しいし、ファンデーションもムラがあり過ぎる。
―――それは自分でも分かっているけど・・・。
一依はセンスがなく手先がとてつもなく不器用だった。 ただ化粧のほとんどは母親に教わったもので、それを否定されるのは辛い。
―――お母さんなら私よりももっと上手くやっていたけどな。
やはり自分でやるとなると全然違う。 器用になるため手芸を始めたが、今のところ化粧の技術には繋がっていない。
「川原さん?」
「はい? ・・・ッ!」
呼ばれて振り返るとそこには違うクラスの男子がいた。 流れる髪がシルクのように艶やかであどけなさを残す顔は整っていて清潔感に溢れている。
彼は片思い中の相手である盛一(セイイチ)でそれなりに人気のある人だった。
「これって川原さんの?」
「あ、はい! ありがとうございます・・・」
小巻とぶつかった時にバッグから落としてしまったであろう不細工な編み物。 恥ずかしくて奪い取るように回収した。
「もしかして川原さんって編み物とか」
「おーい! 盛一!」
盛一が何かを言おうとした瞬間友人に呼ばれたようだ。
「あ、ごめん今行く! それじゃあ」
盛一はこの場を去っていった。 ドキドキする心臓を落ち着かせる。
―――盛一くん、本当にカッコ良い・・・。
―――でもこんなブスな私とは釣り合わないよね・・・。
自分が変わる努力はしてきた。 だがそれでも結果は報われない。 だからこの恋も心の奥深くしまい込み表には出さないと決めていた。 だがそれでもふいに声をかけられれば嬉しいもの。
ただ自分との差に自ら暗い心の穴に飛び込んでしまうのもいつものことだ。 複雑な気分を抱え教室へ入ろうとすると再び背後から声がかかった。
「なぁ」
「え?」
そこに立っていたのは同じクラスでこちらも女子に割と人気の来人(クルト)が立っていた。
「川原さ、もしかして盛一のことが好き?」
「・・・ッ!?」
「分かりやすいなー」
楽しそうに笑う来人に恥ずかしくなった。
「止めて! からかわないで!!」
「え? いや、からかっていないって。 人を好きになるっていいことじゃん」
「ッ・・・」
来人は態勢を整え落ち着いた口調で言った。
「川原、変わりたくない?」
「・・・え?」
「変身するの、俺が手伝ってやるよ」
変身。 それは今まで一依が努力してもどうしてもできなかったことだ。 手伝ってもらうと言われ希望が湧いたが、今までの失敗を考え首を横に振った。
「・・・気持ちはありがとう。 でも私は・・・」
「今まで小巻に言われてきたこと。 悔しくないのか?」
下の名で呼び合える程二人は仲がいいことを知っている。 それ以上に小巻と自分の関係を知っていたことが驚きだった。
「・・・どうしてそれを知ってるの?」
小巻は一依の前でだけ毒を吐くのだ。 一依以外、特に男子の前では愛想いいように振る舞っているはずだった。
「騙される奴はあれで簡単に騙されると思うけど見る奴はちゃんと見ているんだよ。 あまりにもあからさま過ぎるからさ」
そこまで言うと一依に顔を近付けてきた。 男性だが軽いメイクで綺麗にしてあり美形が更に強調されている。
「この美容学校へ来てからの半年間。 今まで川原は何を言われ、何をされ続けてきた? 川原がこの学校へ来た理由は?」
「・・・」
「川原が変わりたいと思うなら手伝ってやる。 ・・・川原は変わりたいか?」
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