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一方その頃来人は次の授業のため教室で待機していた。 だが授業が始まるまで一分もないというのに一依はなかなか戻ってこない。
トイレへ行って時間がかかるということもあるだろうが、一依がそれで時間に遅れるとは考えにくかった。 しばらく待っていると小巻たちが教室へ入ってきた。
「おい、小巻」
「ッ、来人、くん・・・?」
どこか沈んだ表情を浮かべていた小巻だったが来人が名前を呼ぶと顔を赤らめた。
「一依を知らないか?」
「・・・え?」
だが来人が一依の名を出した瞬間途端に表情が暗くなる。 分かりやすい。 それを悪い合図と見て来人は席を立ち更に小巻に近付いて尋ねかけた。
「一依は今どこにいるんだ、って聞いてんだ」
「いや、あの、えっと・・・」
小巻は言葉を濁すばかりで答えようとしなかった。 取り巻きの様子もどこかおかしいし、やはり一依が遅れているのはただトイレに時間を食っているというわけではないようだ。
その頃一依は専門学校にある中庭へと来ていた。 授業は既に始まっていて学生は一人もいない。
「・・・風、冷たいな」
濡れている服を着ているため風が吹くと寒いくらいに感じられた。 元々薄めの生地で風通しもいい格好なのだ。 体温が急速に奪われベンチに座り込む。
来人の上着を返してしまったが、今はその温もりが思い出された。
―――・・・これで風邪とか引いたりしないよね。
―――どうしよう、授業を休んじゃったから教室へ余計行きにくくなった。
―――来人くんもいないし・・・。
誰か一緒にいてくれれば教室へ戻りやすいが一人だとどうも戻りにくい。 ただでさえ目立ってしまうのにイメチェンのおかげで更に目立つ。 それは今の状況からすれば悪目立ちになってしまうだろう。
しばらく風に吹かれていると背後から声がかかった。
「おい、風邪引くぞ。 どうしたんだ、その服?」
「・・・え?」
振り返るとそこには来人が立っていた。 今は髪が短いせいで濡れた服を隠すことができない。
「ごめッ、もらったものなのにこれは・・・」
「別に責めているわけじゃない。 ただどうしてそうなったのかだけ聞かせてくれ」
「・・・」
「誰かに水でもかけられたか?」
「ッ!」
核心をつく質問に思わず動揺してしまう。
「小巻にやられたんだろ?」
「・・・いや、小巻さんではないよ」
「ならアイツの取り巻きか。 自分の手は汚さず周りを使う卑怯な女。 さっき教室で様子がおかしかったから、何かあるとは思ったけど水をかけられたとはな」
「小巻さんにも思うところがあったのは分かったから」
「はぁ、別に加害者を庇っちゃ駄目だとは言わないけどよ。 折角見た目がよくなっても心の中で胸を張れないと意味がないぞ」
「・・・」
「まぁ、それは一依だけっていう話じゃないか。 小巻も見た目ばかり気にしないで精神を磨けよ」
「・・・どうして私がここにいるって分かったの?」
「小巻に聞いても答えなかったけど取り巻きが『女子トイレにいる』って教えてくれたんだよ」
「え、でも、それじゃあ」
「戻ってくるのが遅いから気になって女子トイレまで行ってみた。 そしたら入り口が水浸しだったから、水でもかけられたんじゃないかと思ったんだ。
それで廊下を見たら水が道しるべみたいに垂れてんじゃん? 見事にここまで誘導してくれたよ」
来人はそのようなことを言いながらケラケラと笑っていた。 確かに服から垂れる水跡がここまで続いている。
「とりあえず着替えてこい。 本当にこのままだと風邪引くぞ」
「着替える、って・・・」
「今朝着てきた一依の服があるだろ」
そう言われ一度更衣室へ戻り自分の服に着替え中庭へと戻った。 ワンピースは乾きやすいようにベンチにかけておく。 ベンチに一依が座ると隣に来人も腰をかけた。
「・・・変わるの止めるか?」
「え・・・?」
「正直一依は化けると思っていた。 だから多少妬まれる可能性はあると思ったけど、ここまであからさまに嫌がらせがあるとまでは思わなかったんだ。 本当は一依を最後まで変わらせたいけどな」
「・・・来人くんはどうしてこんなに私に構うの?」
恐る恐る尋ねると来人は一依を見て笑って言った。
「ダイヤモンドって採掘されたばかりだと水晶と綺麗さって大して変わらないじゃん? だけど磨けば別物のように光り輝くんだよ」
「私がダイヤの原石っていうこと?」
「あぁ。 人が綺麗になっていくの、見ていて嬉しいじゃん。 一依の価値を高められるということは、俺自身の価値も高まるっていうことだろ」
その気持ちは素敵だと素直に思った。
「じゃあ私を変えるのに苦を感じないの?」
「苦? どうしてそんなものを感じないといけないんだよ。 俺が一依を変えると言ったんだぞ?」
「そうだけど・・・」
「全て俺に任せろ。 一依は大船に乗ったつもりでいればいい。 まぁ最後まで俺を頼ってくれるならな」
今でも一依を変わらせたいという気持ちはあるようだ。 だがこのまま最後まで変わらせると一依がこれ以上に酷いことをされるかもしれない。 それで葛藤し来人は答えが出ないようだった。
「今言ったことは全て本当だ。 今までやってきたのは全て俺の我儘。 俺の我儘に一依を無理矢理付き合わせていた。 ・・・だからここで断ってもいい。
正直まだ未完成ではあるけど一依の可能性は十分引き出せたと思う」
真剣な表情に嘘はないと思った。 小巻の言葉で砕けた心が来人の言葉で少しずつ繋がっていく。 自分が犠牲になってでも来人の気持ちを尊重したいと思う程に。
―――ここまで私が綺麗になれたのは来人くんのおかげだ。
―――マイナスな出来事が起きてもプラスの出来事の方が大きい。
―――来人くんの思いもここまで私を変わらせてくれたのも私の勝手で無駄にはしたくない。
「・・・最後まで私を変わらせてほしい」
「・・・いいのか?」
「もう次で最後なんでしょ? ここまで来て周りの声に負けたくない。 来人くんに負担がかからないなら・・・。 最後まで頑張りたい」
そう言うと来人は嬉しそうに笑った。
「俺に負担なんて一切かからねぇよ。 ただ一依の気持ちが心配なだけだ」
そう言うと丁度授業が終えたようだ。 チャイムを聞くと来人はもうほとんど乾いたワンピースを手に取った。
「着替えてこい。 最後はメイクを仕上げるぞ」
「メイク・・・」
メイクは一依と来人が受けている分野でもある。
「メイクは俺がやる」
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