あの角を曲がって

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ここはどっちへ行くんだっけ? 道を覚えるのが苦手で、右へ進んでしばらくして戻ってくる。それから左へ行って、また枝分かれした道の前で途方に暮れる。 そんな風に、あたしが目的地へまっすぐ着けないのは普通のことだった。中学を卒業してもまだ。 今日は高校の制服姿を見せるためにお祖母ちゃんちへ向かっているんだけど。 お祖父ちゃんが亡くなって一人になったお祖母ちゃんは、戸建てからマンションに移った。場所は全く違うのに、何で道順がやたらややこしいのは同じなんだ? あたしがようやくたどりついたとき、お祖母ちゃんはゲラゲラと豪快に笑った。 「傑作だったわあ。『鳩が並んでた方へ曲がれば着くはず』って言ったのよ。方向音痴もここに極まれり、でしょ」 これはあたしのことじゃなく、由希子さんがお父さんとの結婚の挨拶に来たときの話だ。それを思い出したらしい。 血はつながっていないから偶然だろうけど、相当な方向音痴なのは同じみたい。それをネタに、もしかしたら由希子さんとあたし、笑い合ったこともあったかもしれない。でも、あたしは鳩を目印にしないよ……鳩、飛ぶし。 お祖母ちゃんちはめっちゃスッキリしている。引越しのときにバッサリ捨てまくったんだそうだ。――おかげで由希子さんの写真も見つけられなかった。結婚式も挙げてないというし。 「これもお食べ。こっちも食べなさい」 ガッカリする間もなくお祖母ちゃんはあれこれいっぱい勧めてくる。 昔からいつだってそうだった。今日はあたしが手作りしたアップルパイを持ってきたっていうのに。それをまず切って「どうぞ」と出すと。 「うん、まあまあだね」 「ウソでも美味しいって言ってよ」 まあ自分でも、最初よりは上手くなったけどまだまだだな、とは思ってた。 やっと弾けるようになった曲も披露した。 お祖母ちゃんはこんな狭いマンションへ移ってもピアノを持ち込んだ。お祖父ちゃんからもらったものだそうで、一生添い遂げるのだと言っている。 「歌織、へたくそだね」 「……ぐぬう」 お祖母ちゃんはお世辞を言わない。事実をありのままに言う。だから、ときどきグッサリくる。 「由希子さんも上手くはなかったね――でも、いつも弾く音が優しかった」 お世辞を言わない――だから、褒められると嬉しい。 そう、そんなお祖母ちゃんについては、あたし何一つ忘れていない。ホッとすると同時に、由希子さんのことだけ思い出せない自分が悔しくて泣きそうになる。
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