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俺の人生はチョロかった。 親からもらったものだけで正直軽々と生きていける人生だった。 容姿端麗で才能にも恵まれ努力しなくても何でもすぐに手に入った。 女はみんな、目が合って微笑むだけで落とせた。 楽勝すぎた。 だからあいつもそのパターンだと思ってた。 彼とは大学で出会った。 周りからは目立たなくて存在感のない人間に見えていたみたいだけど、何故か俺には彼が特別に見えた。 大勢の中にいてもすぐに見つけてしまう。 可視光線てやつなのか。 目が合って微笑みかけても素っ気ない態度をとられ、悔しくて絶対振り向かせてやると思った。 そして案外簡単に落とせた。 家に連れ込んで、やることやったし。 なんだこいつも他の女と同じじゃねぇか、つまんね。 と思ってた。 「またヤりたくなったら呼んでよ。」 帰り際、彼に言われるまでは。 「え?」 「じゃあ。」 そそくさと帰っていった彼の後ろ姿を見ながら俺は呆然とした。 そして悟った。 こいつは手に入らない。 それから俺は今までしなかった努力をしてみることにした。 大学を出たら親の会社を継ぐつもりだったが辞めた。 ロースクールに通い、苦労して弁護士になった。 選択する時はいつも難しい方を選んだ。 周りの奴らは俺の変わりようをみて驚いていたが、その中に彼はいなかった。 彼とはあの後一度も寝ていない。 時々会ってはいたけど。 気付くとあの日から5年が過ぎていた。 しかし、彼は相変わらず俺に興味がない。 一緒にいて分かる。 「お前だけだよ、俺に落ちなかったの。」 ある日、居酒屋でそんな話をした。 「だろうね。」 「何でだったの?」 「お前みたいなタイプが一番嫌いだったから。自信満々で、失敗したこともない苦労したこともない、本気で何かにのめり込んだこともない、で、いつもつまんなそうにしてる奴。それがあの頃のお前。」 「わっ、客観的に見たら最低だな。」 「そう、最低。でもお前は変わった。」 「だからこうして会ってくれてるってこと?」 「まぁ、そうかも。」 「でもお前は俺に興味ないし、絶対落ちないし。」 「お前じゃなくても俺は落ちないよ。誰か一人を好きになったりできないと思う。」 「なんで?」 「信じられないから。ずっと変わらない気持ちとか。多分、親が原因だと思うけど。」 「そうか。恋愛とかそんなんじゃなくても、俺はずっと側にいるよ。」 「なにそれ。」 「お前が俺を変えたから。ほんとに感謝してる。」 俺がそう言うと彼は少し照れた。 彼に対する感情は恋愛ではなくなっていた。 もっと深いものな気がした。 彼が病気を患ったときも時間を見つけてお見舞いに行ったし、退院してからも家に通って飯を作ったりした。 彼は食に興味がなく、ほっといたら食べない。 まるで母親のように世話をした。 そんな時、一ヶ月ほど遠方に出張になった。 ちゃんと食べてるか心配だったけど、連絡する余裕がなく、帰ってからすぐに彼に会いに行った。 「心配しすぎだろ。ちゃんと食ってるよ。」 と怒られた。 「まじで倒れてたらどうしようって思った。」 「子供じゃないんだから。」 「まぁ、そうだよな。これお土産。」 「ありがとう。」 「自炊できるようになったんだな。」 「頑張った。」 「ならもう俺が通う必要ないな。よかったよかった。」 「...必要はある。」 「え?」 「一ヶ月、お前がいなくて寂しかった。お前が余計な世話焼きすぎるから、一人が耐えられなくなった。責任とれよ。」 「いつもみたいに誰か適当なの呼べば良かったのに。」 「埋まらないんだよ、もう。他の誰かじゃ。最低だよ全く。」 「俺のことは信じてくれるの?」 「お前は例外かも。」 最高に嬉しい言葉だった。 なにもかも全て帳消しになるぐらい。 「おいで。」 俺がそう言うと素直にすっぽり腕の中に入ってきた。 「なんだろうな、この幸福感。もう恋愛感情ではなくなってたのに、触れちゃうとだめだ。」 「触れろよ、好きなだけ。てか、俺が触れたい。」 そう言うと彼はキスをした。 あの時とは違うきごちないキス。 「好きだよ。」 涙ぐみながら言うからたまらなくなって強く抱き締めた。 これが彼の最初で最後の告白だと思った。 最低から始まった俺の人生は彼と目があった瞬間から最高に変わっていった。 「腹減った。なに作ったの?」 「肉じゃが。」 「王道だな。」 「お前が好きだって言ってたから。」 「言ったっけ?」 「言ったよ。あの日。」 「覚えてたの?」 「うん。今だから言うけど、ほんとは一目惚れだったんだよ。」 「なにそのオチ。」 おあとがよろしいようで。
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