4人が本棚に入れています
本棚に追加
cheap love 後編
その時の彼の決死の覚悟を決めた顔が忘れられない。
彼の一世一代かもしれない告白が俺に向けられてることに驚きしかなかった。
「え?」
「多分、俺は奥さんに嫉妬しました。離れててもふとした瞬間に戸川さんのこと思い出したり、心配になったり。」
「苗代くん、冷静になろうか。」
「俺はいたって冷静です。そしてスッキリしました。」
一人でスッキリされても。
言われた側の俺は荷物を背負わされた気分だった。
「付き合って欲しいとか、何かして欲しいってことはないんです。今はまだ。でも、俺が戸川さんを好きってことだけは覚えてて欲しい。」
こんなストレートに好きと言われたのは何年ぶりだろうか。
俺は結局何も言えないまま帰宅してシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かして眠りについた。
が、寝れなかった。
好きって、なに?
彼が俺を好き?
20も下の男の子がおじさんを好き?
はぁ?
理解できない。
確かに女子社員にはイケオジとか言われてるけど、あれは冗談であって。
男として意識されたりしてるわけではなく。
でも彼は俺を男として見てるってこと、だよな?
そんなことを考え出すと眠れなかった。
明日が休みでよかった。
コーヒーを飲みながら少しずつ目が覚めて、思った。
もう二度と誰かと付き合ったり、好きになることはないと思ってた。
それは償いだと。
てか、そもそも俺なんかを好きになってくれる人が現れるとも思ってなかった。
入院してるとき、ふと思ったことがある。
俺は色んなことを言い分けにして理由にして逃げてるだけなんじゃないか、と。
ほんとはまた誰かを傷つけたり、傷ついたりするのが怖いだけなのかもしれない。
そうやって逃げたまま、諦めたまま歳を取り孤独に死ぬんだろうか、と。
俺にとって彼との時間は癒しだった。
特別なことはなにもない。
ただ、一緒に笑う。
そんな時間が必要だった。
この二年、実を言うとなんにも面白くなかった。
つまらない日々だった。
一人でバーに行くと彼のことを思い出すから行かなくなった。
気が付くと、彼と話した他愛もないことを思い出していた。
久しぶりに会えると思ったら心が弾んだ。
駅までの道のりが寂しく感じた。
また会えなくなると思った。
俺は彼にまだ何も伝えてない。
返事してない。
そう思い、電話をした。
が、出なかった。
悩んだ末にいつものあのバーに向かったら、彼が酔いつぶれて眠っていた。
「よかったー!苗代くん、お迎えがきたよ。」
マスターに聞くとテキーラショットを5杯一気したそうだ。
彼をタクシーに乗せ家に連れて帰った。
「苗代くん、水飲みなさい。」
ペットボトルを加えさせようとしたが無理だった。
仕方なく水を口に含んで口移しで飲ませた。
何のムードもない、まるで救助だ。
急に眠気が襲ってきてそのまま彼の側で眠ってしまった。
翌朝起きたらスッキリした彼が朝御飯を作っていた。
「おはようございます。」
「え?二日酔いは?」
「俺、二日酔いしたことないんで。朝御飯食べましょ。」
若いってすごい。
いや、若いからじゃないのか。
「ご迷惑おかけしました、よね?」
「まぁね。眠ってる君を運ぶのは大変だったよ。」
「すみません。でも、なんであのバーに?」
「あー、なんだっけかな?」
なんだか冷静になりすぎて何を言おうとしたのか思い出せなかった。
「こうして戸川さんと朝御飯食べるのって新鮮ですね。しかも家で。」
「そうだね。」
「俺の家と違ってめちゃくちゃ綺麗だし。」
「え?ごみ屋敷とかじゃないよね?」
「そこまでは、なんとか。」
「ならよかった。今度掃除しに行くよ。」
「来てくれるんですか?」
「行くよ。寂しくなったら。」
「え?」
「君が好きだよ。俺には君が必要だ。」
自分でも意外なほどスルッと出た言葉だった。
彼は一人時が止まってしまった。
「で、いつ帰るの?」
「あぁ、明日です。」
「どっか行く?」
「今日は家でゆっくりしたいです。」
にっこり笑った顔の裏にとてつもない下心が見えていた。
「いいけど。苗代くん耐えれるかな?」
「え?」
「俺、君に負けないよ。」
そっからゲームで15連勝した。
悔しがる様が面白くていじめすぎた。
「戸川さん意外に子供っぽいんですね。」
「そうだよ。めちゃくちゃ負けず嫌いだから。」
「そんなとこも好きです。」
「そんな気軽に好きとか言わないでくれる?」
「言いたいんです。俺、よく考えたら今までやっすい恋愛しかしてこなかったなと思って。だから好きとか自分から言えなかった。彼女にも彼氏にもよく言われたんです。好きって言ってよって。」
「安い恋か。まぁ、俺もそうだったかもしれない。」
「こんなに誰かを好きになるのも、好きって言いたくなるのも初めてで正直戸惑ってます。」
「戸惑ってるのは俺も同じだよ。だからまぁ、ゆっくりやろうよ。」
「そうですね。」
「一希、ありがとう。こんなおじさんを好きになってくれて。」
俺がそう言うと彼は悶絶した。
「き、急な名前呼びとかヤバイですよ!」
「早く敬語やめて下の名前で呼んでね。」
「努力します。」
不思議と不安はなかった。
それよりもとても前向きに彼との生活を想像することができた。
それから一年は遠距離だった。
俺たちはよく電話で話した。
そして彼が帰ってきてすぐに同棲を始めた。
朝が弱い俺を起こしに来てくれる時の彼が好きだ。
毎日毎日好きなモノが増えていくのはとても楽しい。
そのせいか女子社員にモテ始めた。
バレンタインのチョコの中に本命が入ってることも。
「これは返して。」
と彼に言われたが結局返せず。
そういう彼も帰ってきてからモテ出した。
独身の30代、顔も男前だし、そりゃモテるに決まってる。
が、彼は俺以外には本当に冷たかった。
「もうちょっと女の子たちに優しくしたら?」
と言うと、
「戸川さんは誰にでも優しくしすぎ。勘違いされるよ。それかまだモテたいんですか?」
とイヤミを言われる。
まぁ、俺はわざと彼に嫉妬させて楽しんでるだけの変態なんだけど。
未だに下の名前で呼ばない彼をセックスの時に苛めるのもまた乙。
泣きながら下の名前を呼ばせる。
俺って思ってるよりドSなんだなと思う。
「アメとムチが上手いよね。ほんとに。」
「でも一希はムチのほうが好きでしょ?」
そう言うと真っ赤になる。
「今度の飲み会で皆に言おうと思ってることがあるんだ。」
「なに?」
「男とヤったことない奴は損してる。こんなに気持ちいいことないのに。って。」
「なにそれ。やめときなよ、ドン引きされるよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。あ、でも女子社員にモテなくなるからいいかもね。」
「モテなくなるどころかセクハラで訴えられるかも。」
「まぁ、そうなったら元さんのことは俺が面倒見るよ。」
初めて名前で呼ばれた夜、俺はちょっとだけ、死んでもいいと思った。
最初のコメントを投稿しよう!