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「あの2人、すったもんだした挙げ句に別れましたよ」
大学を卒業し実家に帰った私は、地元で就職した。
サークルのBくんからビデオ通話があったのは、卒業から半年経った頃だった。
Bくんは4回生になり、サークルの部長になっていた。
「サークル内でも、雰囲気悪かったんですよ、あの人たち。部会の話し合いも真面目にやらないし」
卒業前に一度だけ、キャンパスでケンとミチルを見かけたことがあった。
自転車で並んで、部室のある学生会館の前まで2人はやってきた。
少し離れた場所に立っていた私には、気づいていない。
2人は自転車を降りるとそのまま部室に向かうところだった。
ケンとミチルの様子は、異様だった。
2人とも無表情でまったく笑顔がない。
お互いの顔を見ようともしない。
恋人同士の甘さや楽しさが微塵も感じられず、ただむっつりと黙り込んで、前方を見つめていた。
『お兄ちゃんにしようか、地元の彼氏にしようか、心が揺れてるんですぅ~!』
と私に嫌がらせを言い放ったミチルの輝く笑顔は、そこにはなかった。
そのくせスクラムを組むようにガッチリと腕を組むと、ケンとミチルは押し黙ったまま、学生会館に入っていった。
「夏の合宿の時には布団部屋で、2人で寝てたくせに」
「ああ、あの合宿の時……」
私は不参加だったが、図々しいあの2人ならあり得ることだ。
「うちはその手の乱れたサークルじゃないんで、山崎さんにはやめるように言ったんですよ。そしたら」
Bくんはあまりに腹立たしいのか、ここで一息入れた。
「お前が先輩だから、我慢しろって言われたの?」
「それと、『あんた、神経質なんじゃない?』ってのも言われましたね。あの人、人間として最低ですよ!晴美さんのことを問い詰めたら、『きっかけがきっかけだっただけに、愛しきれんかった』なんて言うんですよ」
愛なんてそんな高尚なもの、あの男にあるはずがない。
私との交際のきっかけも自分からではなく、
『晴美の方からガンガン、メッセージと電話がきてさ!パソコンのことが聞きたいからって喫茶店に呼びつけやがって!その日は6時間も、物覚えの悪いあいつにかかりっきりだったんだぜ!』
と口から出任せを言ったらしい。
Bくんは、
「最近は俺もサークル行ってないんですよ。新部長も下のヤツが決まったし、4回生でいろいろ忙しいですしね」
と淋しそうに笑って通話を切った。
「Bくんも苦労したんだろうな」
ミチルは先輩の彼女ということを鼻にかけて、女王様気取りでワガママの言い放題。
サークルの他の部員に、やれジュースを買ってこい、アイスが食べたいと使いっ走りに使っていた。
注意するBくんをケンは、
「俺らを妬いてんの?惨めなヤツ!」
と無視していたらしい。
あんなに熱心にサークル活動に打ち込んでいたBくんを、ケンとミチルは2人がかりで潰したのだ。
私は自分のことで手一杯でBくんのことまで考えが及ばなかった。
「私って、情けない先輩だな」
後輩のBくんのつらさを思うと胸が痛んだ。
「それに引き換え、あの男は卒業はできたのね」
私はてっきりケンは卒論も書かず大学を中退したと思っていた。
Bくんの話では卒業はしたものの就職活動には失敗。
内定は1社もとれなかった。留年を何度も繰り返していたことが原因らしい。
しかも途中で就職活動をあきらめ、ミチルのアパートで別れる直前まで同棲していた。
「あの2人の暗い表情は、そのせいだったのね」
ミチルがケンとの将来をどこまで真剣に考えていたかはわからない。
けれど就職活動もせず、自分の部屋に居着いたケンを、学生の身分で三食食べさせ養い続けることなど土台無理だ。
ケンはこのままミチルのヒモになり、食わせてもらおうと本気で考える男だ。
『俺のために大学辞めて、水商売で働けば?その方が手っ取り早いし』
その時のケンの言動が、私には手にとるようにわかった。
ケンに熱を上げていたミチルだが、自分の将来を棒に振るほどあの男にのぼせてはいなかったのだろう。
私がケンと別れられたのは、ミチルがあの男を奪ってくれたおかげだ。
嫌な女だったが、そうを考えると複雑な気分になる。
「山崎さんは卒業後は、実家の大分に帰りましたよ。同郷のヤツの話じゃ、バイトにも行かず、引きこもりになったって噂ですけどね」
Bくんの話で意外だったのは、ケンは大阪には行かなかったことだ。
「親父の名義で使っていない空き家が大阪にあるんだ。就活がうまくいかなくても家賃のいらないその家に住んで大阪で働く」
と、以前ケンが言ったからだ。
「父親の名義の家というのも、嘘だったんだろうな」
あの男はいつも口癖のように言っていた。
「俺を信じていないヤツに、嘘ついてもいいよな?信じていないんだから、別に傷つかないし」
あの男の話のほとんどは、見栄を張るための嘘と作り話だった。
他者に対する誠実さなどひとかけらもない。
恐らく最初に話した、『Aくんに自分が命じて、私と交際させた』というのも、私にショックを与えるための作り話だ。
今にして思う。
私はなぜ山崎ケンのような男と付き合ったのだろう。
いつもの私だったら、まったく惹かれるところのなかったあの男と交際しなかったに違いない。
原因はひとつだけ。
Aくんと別れた淋しさに耐えられなかったことだ。
Aくんを失った喪失感を、優しく親切だったケンで埋めようとした。
だが優しさはいくらでも演技で作れる。
寂しさで隙だらけだった私は、ケンのような狡猾な男には格好の獲物だったはずだ。
血の匂いを嗅ぎつけ弱った獲物に襲いかかるハイエナ。
ケンはそれだった。
「もうしばらくは、男性は嫌だな」
私はタブレットをテーブルに置いて、部屋の窓から外を眺めた。
青く晴れ渡った正午の空がまぶしい。
あの忌まわしい経験から学んだことがある。
傷ついた心で、新しい男性と付き合ってはいけない。
自分でも驚くほど、判断力が鈍っている。
いつも冷静に男性を観察していれば、不誠実な相手の不穏なシグナルを見抜けるはずだ。
「私の心の傷が癒えるまで、男性には近づかないでおこう」
私は今までにないほど晴れ晴れとした気持ちで、澄み切った秋空を見上げた。
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