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結果から言うと、彼女との会話はわずか30分ほどで終了した。
僕は僕ができる精一杯のコミュニケーション能力を駆使して、会話をしたと思う。
いや、どうだろう。
正直、空回りしすぎて、会話の内容をあまり覚えていない。
少なくとも、彼女が「そろそろ戻ります」と言った時、僕の顔には安堵の表情が浮かんでいたかもしれない。
「それじゃ、また」
僕がそう言って手を振ると、彼女は「また」と微笑んで背を向けた。
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「少しのスパイスでいいから」と言っていた彼女にとって、僕はどれ程の薄味だったのだろうか。
もはや老人食を超えて、犬や猫の餌レベルだったのかもしれない。
翌日アプリを起動してみると「ごめんなさい、ありがとうございました」という定型文と「マッチングは終了しました」という表示が浮かんでいた。
タップして既読にすると、画面が切り替わる。
『新しいマッチングを開始しますか?』という文字が「お前は会話すらもできないのか?」に見えてきた。
僕は「はい」をタップする人差し指を止めた。
「もう終わりか?」
止まった人差し指が僕に話しかける。
「もう満足か?」
僕は、全ての指を折り曲げ拳を握った。
「もう諦めるのか?」
見えない指から尚も声が聞こえてきた。
「……今日は、やめとく」
答えた僕の声は、とても掠れていた。
【桜島ケイのファーストデート 本の蛙】
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