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約束の時刻、約束の場所で。
出会った男性の名は三須蘭治。Tシャツにジーパンという極普通の格好のアバターだった。樹里のアバターとほとんど変わらない。
これは初期設定の時に着ているそのままのスタイルだ。つまり、二人とも選べたのに選ばなかった同じような人間ということがAIに認識されたのだろう。
「は、はじめ、まして」
「はじめまして。三須蘭治と申します」
「須藤樹里です」
沈黙が下りた。アバターだと細かい顔の表情などが伝わらず、相手がどう思っているのかわからない。
樹里はプールサイドに座り、プールの水を触った。
「すごい!本当に触ってるみたい」
まるで水を触っている感覚が伝わってくる。
「ああ、そういうものですよ。ところでLCさんですよね?」
今一番聞きたくなかった名前が出てきた。その名を捨て、須藤樹里としてアバターも作ったのに何でわかるんだ。
「声でわかりますよ」
樹里の驚いた顔がアバターでオーバーに表現されていて、蘭治は困った顔をした。
「俺、ファンなので余計に。すいません、気付かないふりができなくて」
「正直ですね。それは、ファンだから友達とか恋人とかになりたくないってことですか?」
「違います!樹里さんが嫌だろうと思って」
蘭治はファンであることを隠さず正直に言った。樹里がお忍びでアプリをしてるとわかったのだろう。
「私は嫌じゃないです。蘭治さんは素直ですね。まさに教師って感じ」
「いやいや、そうでもないんですよ。高校の教師なんですけどね、もう高校生って大人じゃないですか」
「ですね。ちょっと危なっかしいけど、大人になってますよね」
「だから嘘つくと顔に出るとか、からかわれたりして。バレンタインに義理チョコ貰って喜んでたら早く本命見つけなよとか言われたり…」
「ふふ、可愛いですね。蘭治さんは何の教科教えているんですか?」
「国語です。水泳は趣味で。俺、球技ダメなんですよ」
苦笑いをした蘭治が「今はバスケの映画で盛り上がってますけどね」と付け加えた。
「私も球技っていうか、運動全般苦手です。よく運動神経よさそうなのにって言われて」
「わかります、俺もなんですよ。出来そうな顔してるって。顔で言われても…」
「あはは、ですよね。私なんて歌ぐらいしか得意な物ないからなぁ」
樹里の隣に座った蘭治が、下を向いた樹里の顔をのぞき込む。
「いいんですよ。何もなくても。生きていればそれで。深く考えず、毎日生きてるって実感できるのが一番いいと思います。寂しいなら俺と友達になりましょう」
「はい、お願いします」
「デート二回目、誘っていいですか?」
答えはもう決まっている。蘭治と樹里はすでにお互いのことが気になっていた。
疑似恋愛アプリが選んだ、最高の人選だったのかもしれない。
end
【歌姫のアプリデビュー】 チキンカツ
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