9人が本棚に入れています
本棚に追加
現れた途端、息をゼイゼイ言わせながら、両手で両膝を支えてる。
「ハアハア、ゴハッ、仕事で遅くなっちゃって。グハッ、めちゃくちゃ走ったら息切れが……。ゲハッ、ごめん、遅れて。ホントに、、、ごめんなさいっ」
なに? リアルで走ってきたの?
「……、大丈夫ですか?」
心配なんかしてやる必要はないんだけど。
だってファーストデートに遅刻してきたわけだし。
なんか、ペコペコしてるけど、息切れが酷すぎて何を言っているのかよくわからない。
けど、必死なのは伝わってくる。
一生懸命走って来たんだな、ってことは。
彼に近づいて、プロフィールを覗いた。
山田太郎、22才、医学部の大学院生。趣味は寝ること、食べること、時々犬の散歩。
それから、将来の目標が『医者がいない離島で、町医者になること』だって。
理想どうり、ピュアで誠実でキラキラしてる年下の男じゃないの?
ちょうどいい。
こういう男を夢中にさせて、こっぴどくフッてやる!
……って、思ってたけど。
彼のことを見ていたら、なんだか急にバカバカしくなってきた。
あたしなんかに、こんな子、勿体ないわ。
「今日は大変そうだし、また今度にする?」
そう言ってあたしは、この子とのマッチングを解消しようと思った。
その方が良い。
この子には、もっと若くてこの子と同じくらいキラキラした女の子がお似合いだもの。
「あ、いや、待って。えっと、エリコさん」
彼はあたしのプロフィールを読んだみたいで、名前で呼んできた。
エリコ、27才、貿易会社の事務。趣味は料理(得意料理はオムライス)って書いてあるでしょ?
料理が趣味なんて大ウソ。
料理なんて、米を炊飯器にセットするのがやっとこよ。
ホントは格闘技を観に行くのが好きなの。
大声張り上げて、やじ飛ばして。
目の前で闘う姿を見るのが好きなの。
ついでに、飛び散る汗と流血が大好物なのよ。
絶対引かれるから、誰にも言ってないけど。
「遅れた僕が悪い。本当にごめんなさい。このままデートしてください」
「……そんなに言うならいいけど」
あんまり平謝りで言い寄ってくるから、可哀そうになって了解したけど、
「けど、プロフのあたしを期待してんなら、やめた方が良いわよ」
思わず言っちゃった。
だって騙したくないって、思っちゃったんだもの。
他の誰かならいいけど、この子には嘘をつきたくないな、って。
「もちろん! ぼ、ぼく、エリコさんに、一目ぼれしちゃいました!」
「はぁ!?」
なんのフラグなの?
あたしの想像通りの展開になったはずなのに、あたしの想像とは全然違う。
不覚にも、ちょっと、ときめいちゃったじゃない。
「なんでよ?」
慌てるあたしに、山田太郎は顔を真っ赤にして言った。
「2時間も遅刻した僕の心配をしてくれるなんて……、そんな人、初めて会ってんだ!
プロフなんかどうでもいい! 僕と付き合ってくださいっ!」
なんなの?
CGのくせに、こんなにも生き生きしちゃって。
すっごく真剣な顔。
もう絶対に恋なんかしないって決めたのに。
心臓がうるさいのは、あんたのせいよ!
バカっ。
おわり。
【もう恋なんかしない】 本の蛙
最初のコメントを投稿しよう!