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「あたしね、アイドル目指してたの」
サクラ、いや、小林もえはそう言って、くるりと1回転した。
ふわりと舞うスカートを僕は目で追いながら「そうなんですか」と相槌を打った。
「ねぇ、敬語やめようよ。ケイ君あたしより年上じゃん」
「あぁ、……うん、そうだね。わかった」
彼女は28才だから僕より2歳年下だ。けれどなんだか、もっとずっとずっと年下に感じた。
僕はたいがい見た目と話し方で年齢を推測する。
彼女は、高校時代のクラスメイトの雰囲気をまとっていた。
「えっと、小林さんは、アイドルを目指していたから歌がうまいんだね」
小林もえは「もえちゃんでいいよ、年下なんだしー」と言ってから、話を続けた。
「今だったら、地下アイドルっていう道もあったかもけど、あたしは正統派アイドルになりたかったから、オーディション受けまくって」
「うん」
「スタジオでバイトしながらレッスン受けてたんだよね、10代の頃だけど」
「うん」
「あの頃、一緒にレッスン受けてたのが前島奈緒美さんでさぁ。今はロンドンに住んでるけど」
「あ、前島奈緒美って、わかる」
日本を代表する女優のひとりだ。
ハイウッドで評価されてから、一気に世界的に有名な女優の地位を手に入れて、いまや日本より海外で活躍しているとか。
この間見た海外映画に出ていた。
「奈緒美さんって、あの頃はめちゃオーラあったなぁ。今じゃ、綺麗なおばさんだけどね」
「あ、そうなんだ」
「うん、何年か前にスタジオに来たことがあって、驚いたもん! あー見えて、すごく気さくな人なんだよ」
「へぇ」
……どうしよう。
会話をしながら、僕は考えていた。
緊張はあんまりしていない。なぜなら、話題を探す必要がないから。
彼女はきっと、話を聞いて欲しいだけだろう。
僕自身には興味もへったくれもないのが、よくわかる。だけど、それを言うなら、僕だってそうだ。
疑似恋愛アプリを始めた目的は「話し相手が欲しかったから」だったはず。だったら、この人で良いんじゃない?と、心の中で彼女を査定してる。
「ね、また会おうよ」
小林もえは僕の手を持ち上げた。
「ケイくんとは、お友達になれる気がする」
「ホントに?」
「もちろん! だって、ケイくん優しいんだもん」
「あ、ありがと」
目の前で、ものすごく可愛いアイドル顔がにっこり笑っている。
「じゃあ、またね」
「う、うん」
彼女の姿が消えて、僕は薄暗いライブハウスに取り残された。
ふと、ステージ上のスタンドマイクと目が合った。
無言で佇むそのマイクは、僕に何か言いたそうな顔をしていた。
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