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「状況がわかってないみたいね! レンくんはログアウトできなくて、ここでは私が神なんだよ。私を怒らせたらどうなると思う?」
突然、僕の周囲の海面が真っ黒な渦を巻き始め、海中へと体が引きずり込まれる。ガボガボと塩辛い水が鼻と口から流れ込んで来る。
……く、苦しい! 息ができない!
意識を失うかと思った次の瞬間、僕は乱暴に海の中から引きずり出された。
目の前に巨大な眼球があって心臓が止まりそうになる。怪獣のように巨大化したサヨさんが僕を猛禽類の足のような指でつまみ上げ、血走った目で見つめていた。
「さあ! 言えっ! リアルの名前と連絡先を! 早く言うんだっ!」
バケモノのようなサヨさんの大きな口が唾を飛ばしてがなり立てる。
僕は恐怖のあまり意識が遠のいていくのを感じる。
――このまま永遠にこの世界に監禁されるのだろうか? そして、廃人になるまで拷問と尋問を繰り返されるのだろうか……?
「嫌だっ! そんなの嫌だっ! 誰か助けてぇぇええええっ! 怖いぃぃぃいいいいいいっ!」
そのとたん、怪物化したサヨさんの顔が大きく歪んだ。そして、僕のことを放り出す。ゆっくりと宙を舞いながら僕が向けた視線の先で、サヨさんがムンクの『叫び』のように悲鳴を上げていた。
「嫌ぁぁあああああああぁぁぁああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
気づいたとき、僕の目の前は真っ暗になっていた。闇の中に文字浮かんでいる。
「アプリからログアウトしますか? YES/NO」
僕はそのお馴染みの文言を読んで、大きく安堵のため息をつくとログアウトした。
あのとき、サヨさんは僕の心で猛り狂っていた恐怖を自分も感じたに違いない。魚ですら持つ人間の遺伝子に組み込まれた能力によって。そして、そんな風に僕をしてしまったという激しい自己嫌悪に耐えられなくて、あの世界を解体した……それで僕は脱出できたのだ。
結局、サヨさんは自分自身の心の醜さに一人で耐えられず、どうしようもない孤独を抱えて疑似恋愛アプリの世界を漂流している人だったのだろう。そういう醜悪で惨めで弱い人間。
「サヨさん。やっぱり君は僕と似ているよ……」
ゴーグルを外すと、僕は机の上にそっと置いて目を閉じた。
そうして少しの間、いつかサヨさんが理想の恋人と出会えるように祈った――。
<FIN>
【レンVSサヤ】 青火知
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