プロローグ

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プロローグ

 弟は蝉に似ている。  半分開いた教室の窓から聞こえてくるジージージュワジュワの大合唱に、私は思わずため息をついた。  夏休みが終わって一週間も経つのに、毎日毎日暑い日が続いている。  先生は温暖化の影響だと、むずかしいことを言っていた。  四年生の時の理科で『季節の生物』を勉強したときに習ったような気もするけれど、あまり覚えていない。  ただ、地球がどんどん熱くなって海面が上昇して日本が沈没してしまうのなら、それでもいいかなぁとぼんやり思ったくらいだ。  私の家は丘の上の団地の三階で、窓からは街中が見渡せる。  部屋がひたひたになるくらい海面が上昇するまで、あと何年かかるのだろう。 「お、蝉ファイナルだ!」  クラスの男子がさわいでいる。教室内に入り込んできた蝉が、ジジジッと激しい声で叫んでいた。  私は席に座ったまま後ろを向いて、きしえりにたずねる。 「何? 蝉ファイナルって」  彼女は岸枝(きしえだ)ことりと言って、二年生まで同じ団地の違う棟に暮らしていた幼なじみだ。  敷地内の保育園に通っていた頃からずっと一緒だったけれど、駅の近くの新築マンションに引っ越していった後は疎遠になってしまった。  だから六年になったとき、久しぶりに同じクラスになれたことを素直に喜んだ。  またあの頃みたいに、なんでも話せる親しい関係に戻れるはずだ、と。  でも、きしえりは変わった。  成長したといえば、多少は聞こえが良いのかもしれない。 「んー、ちょっと待ってね」  ポケットからスマホを取り出したきしえりが、気になっていたワードを検索してくれる。  小学校への携帯電話・スマートフォンの持ち込みが例外的に容認されたのは最近のことだ。  遠距離通学や塾通いなどで、どうしても連絡が必要な児童にのみ許可されている。  しかし、そんな決まりをお行儀良く守っている児童は半分もいない。  みんなこっそりポケットやポーチ、引き出しに入れて隠しながら、授業の合間にソーシャルゲームを楽しんだり昼休みに好きな動画を流しながら雑談をしている。  親が厳しくて持ち歩けないという子でも、家に帰れば自由に使えるという場合がほとんどだ。  スマホ自体持っていないのなんて、このクラスでは私を含めて三人だけだった。  男子が二人で、女子は私一人しかいない。
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