プロローグ

2/4
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
「なんか、蝉の最期? 死ぬ直前に暴れ出すことを言うんだって」 「へぇ」  私はありがと、と短く言って前を向いたが、すぐにつんつんと背中をつつかれる。  嫌な予感がしたけれど、最初に質問をしたのは私の方だ。  だから仕方がなく振り返ると、きしえりが筆箱の中に入っていたキャラクターものの定規と鉛筆キャップを見せてきた。 「これ、買ってもらっちゃった。限定物なんだよ」  またか、と私はため息をつく。 「もういいよ。グラチャの話は」 「そう言わずに聞いてよ」  私は苦笑しながら、曖昧に誤魔化した。  それっきり話を切り上げてほしかったけれど、きしえりはわざと空気を読まずにかわいいでしょ、と自慢を続けている。 「文房具は勉強に必要なものだからって、おねだりしたら絶対買ってくれるんだよね」 「ふうん」 「こっちのキャップはネット通販でしか買えないんだよ」 「そうなんだ」  早く予鈴がならないかな、と思いながら私は適当な相槌だけを打った。  ちらりと視線を巡らせてみたけれど、他のグループの女子もスマホのアプリ画面を見せ合っている。  おそらく、大半はグラチャの話題だろう。  グラチャというのは『グランドチャイルド・マッチングアプリ』の略称だ。  グランドチャイルドは英語で孫という意味らしい。英語は苦手だから、授業で習ったかどうかもあやしい。  ただあまりにもニュースなんかで特集されるから覚えてしまっただけだ。  核家族化が進み、地域住民の関わりが極端に減ってしまった現在、一人暮らしのお年寄りによる孤独死が年々問題視され始めた。  うちの団地でも、ここ数年で五人は亡くなっている。  どれも発見が遅れてしまい、異臭騒ぎの末に通報されたパターンだ。  もはや身近な問題になりつつある社会問題を受けてこの春からスタートしたのが、家族や地域からも孤立したお年寄りと子どもたちを繋ぐマッチングアプリだった。  NPO法人が主体となったクリーンなサービスという謳い文句が有名で、最近はどの番組を見ていてもグラチャのしっとりした感動的なCMが流れてきてげんなりする。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!