プロローグ

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「知らない持ち物がいっぱい増えて、お母さんとかにバレたりしないの?」 「わざわざ筆箱の中まで調べてこないよ。私、ひとり部屋だし」  ちくりと、胸に棘がささる。  私は気にしていないふりをして、へらへらした表情を顔に貼り付けたままどうにかやりすごした。  サービスの本来の目的はボランティアだ。  保護者の同意を得て実名で登録した子どもが、自治体などによって身元がはっきりしている一人暮らしのお年寄りの家をたずねて話し相手になる。  位置情報はGPSによって常に把握できるし、学校帰りに直接向かうことも禁止されている。  お年寄りによる金銭や物品の受け渡しが発覚した場合はアカウントごと抹消されることになっていて、アレルギーなどの観点から食事や菓子類などの提供もNGだ。  サービス開始当初は、そろばんが得意なお年寄りの家に通って暗算名人になった男の子の話や、習った折り紙で立派な紫陽花を作った女の子とおばあさんの交流がたびたび取り上げられた。  約束の時間にたずねたお年寄りがインターホンを押しても出てこず、機転を利かせた子どもが救急車を呼んだことで一命を取り留め、表彰されたというニュースはあまりにも有名だ。  匿名性を完全に排除し、素性の知れた同じ地域に暮らす住民同士をつなげる画期的で安全なサービスとして話題になっていたグラチャ。  しかしそれも、梅雨が明けて夏休みが始まる頃には隠しきれないほどのグレーな空気をまといはじめていた。
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