プロローグ

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「ななみんも買ってもらった方がいいよ。スマホ」 「うちは弟が高学年になるまで駄目だって言われてるから」 「ケンちゃん、今二年だっけ?」 「あいつ本当にわがままだから、私だけが何か持ってるって許せないタイプなんだよね」 「今も同じ部屋なの?」  しらじらしい眼差しに、私は平静を装ってうなずく。  棟が違っていても、部屋の間取りはどこも同じ2DKだ。  キッチンつきのダイニングと、個室が二部屋。  うちの場合は両親の寝室と、私たち姉弟の部屋でそれぞれが埋まっていた。  同じ団地出身のきしえりは、私が一人部屋なんて与えられるはずもないことをわかった上でさっきの話を振ってきたんだ。 「もしこっそり買ってもらえたとしても、弟にバレたら貸して貸してってわめいてくるに決まってる。それで、最後にはお姉ちゃんなんだから貸してやりなさいって言われて全部あいつのものになるんだよ」  弟の賢斗(けんと)は癇癪持ちで、一度暴れだすと手がつけられない。  だからお父さんもお母さんも私に我慢させて事を荒立てないようにしている。  うちは角部屋で、隣には一人暮らしのおばあちゃんが住んでいるだけだから大きな問題にはならないけれど、下の階からは今でも苦情が来ることがあった。  賢斗は二年生になっても片付けができないし、寝相が悪いから二段ベッドの下で寝ている私はギシギシという音で真夜中でもしょっちゅう目が覚める。  小さいわたあめみたいなカマキリの卵を布団に隠して大騒ぎになったこともあった。 「でもグラチャは絶対ななみんにぴったりのアプリだと思うんだけどなぁ。家だと落ち着かないでしょ?」  私はそうだね、と流しながら視線を遠くへやった。  小学校最後の夏休みも、児童館と図書館をはしごして過ごしただけだ。  お母さんは遠くにある観光地の飲食店で働いていて、お父さんは駅のそばにある居酒屋のチェーン店で働いている。  どちらも夏はかき入れ時だからと休みはなく、これまで遊びらしい遊びに連れて行ってもらった記憶はほとんどない。  そして今後も旅行の予定が立つことはないだろう。  別に、今更家族で行きたいとも思わないけれど。  お母さんは朝早くからドタバタと支度を始めてうるさいし、学校から帰ると出勤ギリギリまで眠っているお父さんのいびきにうんざりする。  弟がゲームをしながら発狂している様は、耳をふさぎたくなるほどだ。  ちょうど予鈴が鳴った。  次は移動教室だからそろそろ準備をした方がよさそうだ。  私は「中三までサービスが残ってたら初めてみるよ」と言って、今度こそ話を切り上げた。
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