27人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「せんせーい!いたいた。なんで待っていてくれなかったんですか」
暗闇から野球帽をかぶった拓郎が、手を振ってこちらに駆けてきた。
「た、拓郎!」安堵からか、涙が一気に流れ出た。
「ダメじゃないですか、先生。母ちゃんが僕の帰りを待ってろって言っていたでしょう?」
確かに言っていた。
俺は両腕の半袖で涙を拭う。
「さ、こっちですよ、先生」
拓郎は自転車を押す俺の横を歩き出した。
「夜になると迷い込んでしまうから、クラブに行きがてら先生を送るつもりだったのに、先生なかなか来ないから…」
「あ、あぁ、すまん。待っていてくれたんだな」
「そうだよ。もう来ないのかと思ったけど、気になってクラブをわざわざ抜けてきたんだよ」
「ありがとう…助かったよ」
拓郎と一緒に歩くと、5分もかからないうちに大通りに出た。
「じゃあ先生、ここからは大丈夫だね」
拓郎は山道の端に立ち、手を振る。
俺はほっと気が緩んだ。
そのせいか寒いと思っていたのに、急に寒さを感じなくなった。
「ありがとう。じゃあ、拓郎も気を付けて帰れよ。また明日、学校でな」
「うん」
自転車にまたがる俺を見上げた拓郎の帽子のつばの下から、なにやら光るものがあった。
「拓郎、おでこになにかついているぞ」
「え?本当?」そう言って拓郎は帽子を脱いだ。
―――えっ?目!?
拓郎は「あ、いけね」とすぐに帽子を被りなおしたが、俺は拓郎のおでこには大きな3つ目の目があったのを見てしまっていた。
拓郎は俺の表情を確認すると、ぺろっと舌を出し、
「じゃあね、先生。これからは時間をちゃんと守ってね」といって暗闇に向かって走り出した。
6月初旬だというのに、ねっとりとした生暖かい風が首筋を撫でて行った。
最初のコメントを投稿しよう!