天職、失いました。

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「……良かったら、ボクと一緒に行きますか? ボクも少し前に、ずっと一緒に旅して……同じ道を歩いてきた人達を喪ったばかりで、寂しかったんで」  その後、ノアがオレを「テリアさん」と、呼んだ。オレは、口がきけないだけでなく、文字を書いて気持ちを伝えることも出来ない。つまりは思考を言語として外に伝える術を持たないんだ。  頭を捻らせて考えて、オレは、首に巻いた金属板を外した。赤く染色した金属板には、「テリア・ランセル」という名前が彫られている。その文字の、「テ」と「ラ」だけを順番に指さす。 「えーっと、『テラ』って呼んでいいのかな」  故郷では、オレは「口なしテリア」と呼ばれて馬鹿にされていた。ノアにその名前で呼ばれるのが嫌だった。 「それじゃあ、これからよろしくね。テラ」  それからオレは、しばらくはノアの旅する先々にくっついて歩くだけの日々を送った。いい歳した大人の男が、友人の後を付け回すだけなんて、なんとも奇妙だと思うんだけど。 「六年だっけ? テラは剣闘場で働きづめだったんだから、しばらくはただ旅を満喫するだけだっていいんじゃない?」  ノアは、すごいな。パッと見で「変だろう」って断言したっておかしくないようなことでも、「別にそうしたっていいんじゃない?」って考えて、即座に言い換えてくれるから。  港町に着いた。海の向こうのどこかにある、オレの故郷からグランティスを目指した道中に一度だけ、立ち寄った街だ。 「道行く皆様~、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」  商店街の真ん中にある、休息と憩いの場として設けられた石畳の広場で、大小さまざまな球を操る曲芸師が業を披露していた。不安定な巨大な球の上に飛び乗って、その上で小さな玉をお手玉みたいにしている。バランス感覚にも驚くし、色とりどりの玉が跳ねる様子につい、目を奪われていた。 「テラ? それって、最後まで見てるとさ……」  ノアがオレの腋をつんつん、人差し指で突っついて。しかし言いかけた何かを引っ込める。  芸が最後まで終わると、曲芸師は被っていた黒いシルクハットを頭から外すと、観衆の輪を端から順に回り始めた。お代はお気持ちで、と言いながら。オレの前に来たところで、財布から出した札を一枚、その中へ放る。 「へぇ~……もしかして、テラってああいうの興味ある? 出来そうって思ってる?」  目がキラキラしてるよ、って、どこか嬉しそうにノアは笑う。そこにからかうような調子はなかった。
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