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オレ達の初めての大道芸は、海の見える場所でやろうって決めていた。あの日、初めてこの道へ踏み入ろうとしたきっかけの街にあやかってのことだ。
「テラって剣闘士として何千人って人達の前で闘ってきたんでしょ? 今、すっごい緊張してない~?」
ちょっとだけ茶化すように、ノアはオレの肩を解しながら笑う。剣闘場で試合を観戦していたのは千人規模で、道端の大道芸の観客なんてその十分の一もいれば多い方で、おそらくそれよりもっと少ない。オレみたいな新米の芸なんて、どれくらいの人が足を止めてくれるんだろうか。
オレにはこれしかない、闘うしか能がない……そう信じて生きてきて、たったひとつの道だけを歩き続けるんだと思っていた。その道を失ったら、オレに選べる道なんか、他には何もないって……。
それなのに、今。オレは、あの頃の自分が夢にも思い描かなかっただろう新しい道の上に立とうとしている。それも、その道を共にしてくれる誰かと共に。
「ボクもねぇ、思ってたよ。ずっと一緒にいた大事な人達を喪ったら、もう……彼らと同じくらいに心許せる誰かになんて、これから二度と会えないんじゃないかなぁって。でも、そうじゃなかったね」
これ以上先のない、道の行き止まりに来ちゃったみたいに思ってた。だけど、生きている間は、行き止まりになんかならないで、道はどこかに続いているんだ。
そう、ノアは言った。オレも同じ気持ちだった。
「は~い、道行く皆様、ご注目~! あの、グランティスの剣闘場で赤首選手と讃えられた『傷なしランセル』の鮮やかな剣技をお披露目しちゃいますよ! ぜひぜひ、立ち止まって見ていってくださいね~」
喋れないオレの代わりに、ノアが適宜に客寄せのために声だしをしてくれる。過去の栄光に頼ってるみたいで恥ずかしいからその名前を出したくなかったんだけど、ノアに押し切られたんだ。
剣闘場がなくなって困ったり悲しかったり残念だったりした人は、きっと、オレだけじゃなくて大勢いる。そういう人達にとっては、あの頃親しんだ名前が見聞き出来たり、オレが新しい道で頑張っているのを見たら嬉しい気持ちになるはずだよって。
「誰かを笑わせたいって思うなら、そのくらいの恥ずかしさは平気にならなきゃダメなんじゃないかな~」
ぐうの音も出ない正論だった。
こうしてオレ達は、新しい道の、幕開けの日を迎えたのだった。
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