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「すみません、剣闘場への道をお訊ねしたいんですが……」
遠慮の気配は微塵もなく、親密感であふれた声で呼びかけられたせいで、反射的に振り返っていた。ああ、またやってしまった。どうせ相手の望む答えは返せないくせに、耳は聞こえているものだから、ついうっかり応えてしまうんだ。いつも、いつも。
言葉なく、どうしたらいいものかわからず、ただ相手の顔を見つめるしかない。青い髪に青い瞳、生地の薄い黒い上着を着た軽装の青年。なんとなく、この国……グランティスの住人じゃあない気がする。旅人……知らない場所から来たような、そんなにおいがした。
「ああ、剣闘場が今、閉鎖されているのは知っていますよ? せっかく来たのに肝心の試合がもうないっていうのは残念ですけど、それでもこの国でいっとうの観光名所でしょ? 跡地でしかないとしても、記念に本物を見ておきたくって」
昨年、新暦ぴったり千年のこと。この世界から全ての「魔力」が跡形もなく消え失せて、それまで当たり前だった、魔法に関わる職種の人間が一斉に失職するという惨事に見舞われた。
その世界規模の危機に対処するため、この海域にある三大陸は、国家の垣根を超えた統一政府を築こうと協議を重ねていく運びになった。
その余波を受けて、オレが六年に渡って剣闘士として活動していた剣闘場も、廃止されることになった。これからは統一政府によって、いっそうの、恒久的な平和を目指すべきで。命がけの戦いを見せものにしているような場所は廃止するべきだということだ。
剣闘士なんて野蛮な仕事だって、蔑まれていたのは知っている。それでも、オレみたいな……「口をきけない、言葉を話せない人間」にとっては、天職だった。誰にも頼らず闘いの技術さえ磨き続ければ、誰にも迷惑をかけずに食い扶持を稼ぐことが出来たんだから。
オレは、生まれてから今までに一度も、言葉を口に出来たことがない。思考自体はこのように常人と変わらないし、体の方には何の問題もない。原因は全く分からないし、両親も積極的にその原因を探ろうとはしなかった。オレは男ばかり八人兄弟の六番目で、オレひとりがポンコツでも、他に七人もまともなのがいるんだから構わないとほったらかしだった。
故郷へ帰る道なんか、とっくに忘れた。家族の中に、オレの居場所はなかったから。いつだって……。
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