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 特に目的があるわけではなかった。  空き家となった母親の実家の脇に車を停め、昔よく歩いた道を当時を懐かしみながらぷらぷら巡る。  家のすぐ横には山から下ってくる湧水が流れていて、幼い頃の自分はそれを滝だと思っていたが、今見るとせせらぎに近い小さな渓流だった。  子供の記憶なんてそんなものだと苦笑する。  もう少し足を進めた先に見慣れない建物を発見した。 「……あれ? この場所」  子供の記憶の曖昧さを感じた矢先だったけれど、これはさすがに違和感を持つ。 「ここ駄菓子屋だったよな」  生家を訪れるたび母親が祖母と話し込むので、その間小遣い片手にしょっちゅう来ていたからこればかりは確かだと思う。  駄菓子を買いに来ることに加え、この場所には他にも或る楽しみがあったので、鮮明に覚えているつもりだったのだけれど――。  子供ごころにもボロいなと思っていた平屋の小さな店の裏には、ひときわ目を引く大木があったはずだ。  しかし、生えていたはずの大きなブロッコリーみたいな樹はそこには無く、すっきり(ひら)けた土地には駄菓子屋の代わりにコテージのようなお洒落な外観の木造建築物が建っていた。  看板こそ無いが明らかに民家とは違い、何かのお店のような外装をした建造物。 「喫茶店……?」  広めにとられた入口へと繋がるウッドステップを上がり中を覗く。  飲食店とおぼしき空間が広がってはいるものの、営業している気配はなくまだ準備中かなと首を傾げた時、 「ウチに何か用か?」 「わっ!」  背後から突然声を掛けられ必要以上に驚いてしまった。  車を降りてからここに来るまで人影を全く見なかったから、いつの間にかどこぞの秘境を歩いているような気分になっていたみたいだ。  振り返るとそこには、山の色に溶け込みそうな萌黄(もえぎ)色のセーターにベージュのチノパン姿の男が立っていた。  日に焼けた肌に生えた無精ヒゲを撫でながらこちらに近づき怪訝な表情を見せる。 「あ、すみません」  何の店なのか見てただけだろと思いつつも、力強い語気に思わず下げた頭をぎこちなく戻した視線の先、しっかりした鼻筋の彫りの深い顔に既視感を覚えた。 (あれ……、この人……) 「何をしている」  続けざまに掛けられた言葉が、それは既視感ではなく懐かしい思い出がよみがえった感覚だという事を伝えてきた。  この人はあの時の――。 
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