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「あぁ涼しい」
カフェの扉が開いて、
サラリーマンが入ってきた。
日は傾いてきているが、
まだ外は暑そうだ。
ジャケットを脱いでいたとしても、
ネクタイを緩めたいくらいなんだろうな。
「気持ちわかるなぁ」
ストローから口を離して、
いおりちゃんが言う。
「あぁ、二人はスーツですもんね」
俺の言葉に、吉永さんが、
「お二人がうらやましいです」
と返す。
「でも、スーツってかっこいいですよね」
吉永さんの言葉に、
今度は俺が反応する。
「だよな。」
らいも同意する。
「着てる方は大変だけどね」
「でもさ、
いおりもスーツとか制服男子好きじゃん」
「まぁ、制服男子は萌えシュチュ定番だしね」
確かにうちの妹もユニフォーム全般が好きだ。
一瞬だが、わずかに吉永さんが、
口元で笑ったのを、俺は見逃さなかった。
でも、それはぬか喜びに変わる。
「まぁ好きな人なら、何着ててもいんだけど」
そう言って、笑ういおりちゃん。
はい、吉永さん没落。
何故かにやりとしてしまう自分。
性格悪いなぁ。
「そろそろ戻りませんか?」
分が悪いと感じたのか、
吉永さんが帰社を促す。
「あぁ」
いおりちゃんが時計とらいを交互に見た。
「いおり」
ふいにらいが呼びかける。
何だろう。
なぜか俺は、らいにいつもと違う空気を感じる。
「ん?」
それはいおりちゃんも感じたようで、
声に戸惑いのようなものが混じる。
「ご当地ビール買ったんだ、
今夜うち来いよ」
「あ、うん」
笑顔で答えるいおりちゃん。
これは俺でもわかる。
今の会話はきっと、幼馴染のそれではない。
お互いの思いが通じた瞬間だ。
残念だったな、吉永さん。
あんたは土俵にさえ立ってなかったってことだ。
「さて、俺らも行くか」
「おう」
俺の呼びかけにらいも答える。
二人は振り返るぎりぎりまで見つめあう。
おそらく、俺や吉永さんは—モブ—。
景色の一部でしかないだろう。
「じゃ、吉永さん。ご一緒できて楽しかったです。」
嫌味ではあるが、嘘ではない。
「行くぞ。らい」
「おう」
軽くステップを踏んで振りむくらい。
浮かれすぎだろ?
でも、なんか俺もうれしいぞ。
終わり
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