パーティング・ウェイ

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 選択を変えた後も、当然明日はやってきた。そして、その日こそが本来、ヒイラギの命日になるはずの日だった。  その日は朝から気合十分だったよ。ヒイラギの身を守れるならなんだってするつもりだった。  学校が終わり、放課後になった。西の空が焼け始めて、帰り道には背にした夕日から僕とヒイラギの影が伸びていた。何もかもが、いつも通りだったな。これから先起こることを知っている僕からすれば、それがむしろ気持ち悪いくらいでさ。  でも、もう大丈夫なんだ。あの選択をしなかった僕には、これから先いつも通りのことしか起こらない。少しばかり、ヒイラギが交通事故に巻き込まれそうになるだけだ。それすらも、きっと明日には忘れているはずさ。  そうして気が付けば、僕たちは例の別れ道に差し掛かっていた。 「不思議なことを聞くんだけどさ」と口を開いたのはヒイラギの方だった。「シュウくんは、この別れ道を右に曲がってくるよね?」  普段なら本当に不思議なことを聞くんだねって言って笑っていたんだろうね。でも、やけに不安げな顔をしているヒイラギを見ているとさ、彼女を安心させてあげなきゃって気持ちの方が強くなったんだ。 「ああ、もちろん」  そうやって僕は頷いたよ。ヒイラギも嬉しそうな顔をしていたな。  そして、僕たちは満を持してその曲がり角を曲がって大通りに出た。  ちょうどそのときだったな、妙にもじもじしていたヒイラギが口を開いたのは。 「私さ、君のこと好きだよ」  それが告白だってことに、僕はすぐに気が付かなかった。だって、あんまりさりげなく言ってくるものだから、完全に油断していたんだよ。  でも、さながら夕日のように顔を真っ赤にしているヒイラギのことを見ていたら、その言葉の重大さにようやく気が付いた。同時に、僕もそれに答えてあげるべきだろうと思ったんだ。 「僕もきっと、向こう三年は君のことが好きだろうね」  適当なことを言ったわけではない。何せ、実際に十八まで僕はヒイラギを愛していたからね。  ほら見ろ、と僕は思ったよ。神様の力がなくたって、僕たちは互いを思い続けているんだ。だから、あの選択は間違い以外の何物でもなかったんだ。  でも、その間違いは取り消された。あとはもう、ヒイラギを交通事故から救うだけだ。なに、難しい話じゃないさ。だって、僕はそれが起こることをあらかじめ知っているんだから。  お互いに顔を真っ赤にしながらも、それでも僕らは歩みを進めていて、気が付けばあの交差点に辿り着いていた。  赤信号を待っている間、僕はずっと道路の向こうを眺めていた。居眠り運転のトラックくらい、その姿を見たらわかると思っていたからね。  そして、その思惑通り、僕はそのトラックを見つけることに成功した。同時に、歩行者用の信号機は青に変わり、ヒイラギは横断歩道を渡ろうとした。 「待って」  そう言って、僕はヒイラギの手を取った。彼女は驚いたようだったけれど、足を止めて横断報道には入らなかった。  あとはあのトラックが通り過ぎるのを待つだけだ。それだけで、僕はヒイラギの命を救うことができる。  だが、その瞬間予想外の出来事が起こった。居眠りをしている運転手の身体のバランスが崩れ、それがハンドルに寄り掛かった。そのせいで、ハンドルは左に切られこちらに猛スピードで向かってきたんだ。  結果的にどうなったと思う?  そのトラックはさ、見事にヒイラギの身体だけを掻っ攫って歩道に乗り出したんだよ。僕の身体には傷一つつかなかったのに、ヒイラギの身体は押し花のようにぺちゃんこになったんだ。  手首から先が無くなったヒイラギの手を握りながら、僕は気が付いたんだ。  神様はきっと、僕にこう伝えたかったんだろうね。  ダメな奴は何をしてもダメなんだ、てさ。
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