パーティング・ウェイ

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 君は神様の声を聴いたことはあるかい?  こんな冗談みたいな質問をされたら君はきっと笑ってしまうんだろうけど、僕は決してふざけているわけではないのさ。  なにせ、僕はその神様の声を聴いたことがあったからね。  中学三年生の時だったな。確か季節は春だったと記憶している。学校から僕はいつも通る道を歩いて家に帰っていたんだ。たった一人でね。一緒に帰る人がいなかったわけではないんだ。けれどもその日はたまたま、その女の子は体調を崩して学校を休んでいたのさ。  そして、僕はその帰り道で別れ道に差し掛かったんだ。何の面白みもないただのT字路さ。車が通れないほど狭い道で、標識の一つもなかった。周囲はブロック塀に囲まれていて、その向こうには名前も知らない人の民家があった。ブロック塀は当時中学生だった僕の背丈よりも随分と大きかったと記憶している。その頃の僕にはそのブロック塀は刑務所の壁のように見えていたからね。  僕はいつも、そのT字路を右に曲がるんだ。そちらに行けば大通りに出られるし、なにより帰り道が短くなる。とはいっても、その左に曲がったからと言って家に帰れなくなるというわけではなかったんだ。かなり遠回りになってしまうけれどね。  だから、僕はそのT字路をいつものように右に曲がろうとした。けど、その時に聞こえたんだよ。神様の声が。  実際に彼は自分を神様だと自称してはいなかった。けれども、直接脳内に話しかけてくるような芸当を普通の生物ができるはずがないからね。あれはきっと、神様で間違いがない。もし違ったとしても、それに近い何かだっただろうね。  神様は僕にこう言ったんだ。彼はまるで大男のように渋い声をしていたな。  その曲がり角を一生右に曲がれなくする代わりに、君の願いを一つだけかなえてあげよう、てさ。  そのとき僕は嬉しいとも思わなかったし、必要以上に驚くこともなかった。僕はただただこう思ったんだ。神様も結構退屈してるんだろうなってね。なにせ、彼はこんなちっぽけな少年にそんなつまらない提案をしてきたんだ。神様がすることにしてはあまりにもくだらなさすぎる。でもきっと、これは彼にとって実験の類だったんだろう。僕らがアリの巣観察キットでアリの巣の中を覗くのとほとんど同じような振舞なんだろうね。  そして、僕は同時もこうも思った。この道を左にしか曲がれなくなるだけで願い事が一つ叶ってしまうなんて、なんておいしい話なんだろう、と。  僕はすぐに彼の提案に頷いたよ。そして、願い事としてこんなお願いをしたんだ。  意中のあの子を振り向かせてほしいって。
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