パーティング・ウェイ

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 その願い事は実に傲慢なものに聞こえるかもしれないけれど、僕はこれでも多少遠慮したつもりだったのさ。だって、その願い事はアタリしか入っていないくじ引きの中にあと数枚アタリのくじを足したようなものだからね。  自慢じゃないけれど、僕はその彼女とそれなりに親しい仲だった。家が近所でさ。まだ僕らが手をついて歩いていたころから、僕と彼女は顔見知りだったんだ。  彼女の名前はヒイラギ。昔から面倒見のいい女の子だったな。顔立ちも中学三年生とは思えないくらい大人びていて、茶髪のボブカットがよく似合っていた。そのせいか、当時の僕には彼女が三歳くらい年上に思えていたんだ。そして不思議なことに、それは今でもあまり変わっていない。 「シュウくん、私達、これからは一緒に帰るべきだと思うの」  彼女と僕が帰り道を共にするようになったのは、確か中学二年生の初夏頃だった。けど、実は帰り道を一緒に歩いたのはその頃が初めてじゃないんだ。小学校の頃は当然同じ学校に通っていたから、二人並んで通学路を逆走していた。  だが、僕らが中学生になった頃、示し合わせたわけでもないのに突然別々に家に帰るようになった。喧嘩をしたわけでも、疎遠になったわけでもない。学校では多少ぎこちなかったとはいえ、仲良く話せていたからね。  当時は原因が何のなのかよくわからなかった。けれども、大人になった今だと、彼らの行動の理由が手に取るようにわかる。  きっと、お互いに恥ずかしがっていたんだろう。ちょうどその頃、僕たちは互いのことを「小さい頃から一緒だったただの幼馴染」から「昔の秘密を知っている気になる友人」だと認識するようになり始めていたのさ。思春期の子供同士がお互いを避けあうのは無理もないことだと思うよ。  けど、そんな中、ヒイラギは僕のことを再び帰り道に誘ってきた。僕がそれを不思議に思って彼女に訊くと、彼女はこう答えた。 「ほら、帰り道は一人だと危ないでしょ?」  そう言いながらヒイラギは、僕の右膝を指さした。  僕は思わず目を丸くしたよ。確かに僕の右膝に傷があったけれど、それを彼女に伝えた覚えはなかったし、ましてやそれが帰り道についた傷だとも伝えていなかったんだ。まるで探偵にトリックを見破られた犯人の気分だったな。  しかしまあ、数ヶ月後、そのトリックを白状したのは彼女の方だったけれど。 「どうして、僕が帰り道で転んだことを知っているんだ?」と僕は訊いた。  恥ずかしい話だけれど、別れ道を進んだ先にある大通りを歩いているとき、僕は身体のバランスを崩して盛大に転んでしまったんだ。確か、正面から向かってくる自転車を避けようとして小さな段差に足を引っ掛けて躓いてしまったのが原因だったはずだ。  立ち上がって激痛が走る右膝を見てみると、そこにはイチゴを潰したみたいな真っ赤な斑点ができていて、その斑点からは新鮮な血液が溢れていた。お手本のように綺麗な傷口だったよ。保健の教科書に載っていても不思議ではなかったね。  そして、僕の問いかけにヒイラギは得意げな顔をして答えたんだ。「私はシュウくんのことならなんでも知ってるんだよ」ってさ。  やれやれ、そんなふうに宣言されてしまっては、僕としても彼女の頼みは断りにくい。なにせ、その頼みごとを断ったら、彼女の中に眠っている僕の秘密が学校中に知れ渡ってしまいそうに思えたからね。ヒイラギは僕のことを何でも知っている。それは嬉しいことのようで、れっきとした脅しにも聞こえてくる。 「それなら、決まりだね」  なんて言いながら、ヒイラギはしたり顔で笑っていたよ。  しかしながら、今思えばそこには彼女の可愛らしさというものが凝縮されていたようにも思えるね。  数ヶ月後、彼女はこう自白したんだ。シュウくんと帰れる口実を探すのに必死だった、てね。  そういえば、僕に声をかけようとして、毎日のように僕が家に帰る後ろをつけていたと聞いたのもそのときだったな。怪我をした僕が心配だったけど、後ろをつけていたのがバレて嫌われないか心配だったんだってさ。  大人びているようで案外恥ずかしがり屋なんだ、彼女は。
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